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「……きみは、武士なんだよね?」
帯刀をし、苗字がある。信武が武士だとわかっていた。それでも確認のために尋ねる。
「いいえ。僕は武家の出ではありますが、正式な武士ではありません。世の中でいう、浮浪者です。どこかに仕えているわけでもありません。でも姓を名乗ることを許されているので、武田と名乗ります」
「そうなんだ」
信武の答えに、緋月は眉を下げて笑った。
「ねえ、きみは俺に頼みたいことがあると言ったけど、専門にしている人に頼んだ方がいいと思うよ」
遠回しだが、緋月は「自分でなければいけないのか」と聞いていた。信武は勘が鋭いらしく、緋月の言葉の意味を理解して、首を横に振った。
「いいえ。あなたにしか頼めません」
「きみの頼みたいことなんて予想がついているけど、なんで俺なの? 妖怪から身を守る方法なら、寺にでもいけばいいでしょ」
「あなたがいいんです。一般人なのに、妖怪を追い払える力を持っているあなたが」
緋月は考えるような仕草をした。
一般的な武家の人と比べると、信武は人懐こく頭が固くない。金を積み上げて、名ばかりの専門家ごときに助言を請おうとしないところが、またいい。
身分の差を気にしないこと。これもいい。緋月は相手の身分を気にしない人が割りと好きだ。
「……きみ、さ」
「はい?」
沈黙が落ちた。信武が不思議そうに見上げてくる。
「やっぱりなんでもない」
緋月は困ったように笑って、信武の頭に触れた。そのまま優しく撫でる。丁寧に手入れされた手触りの良い髪が、くしゃりと乱れた。
「わ!?」
いきなりのことに、信武は後ろに跳んだ。その表情は恥ずかしい、というよりは純粋に驚いたと言わんばかりに固まっている。
「なにするんですか!?」
頭を両手で押さえ、叫んだ。しかし緋月からの反応はない。
緋月は固まっていた。その表情は見てはいけないものを見てしまったように驚いている。信武は緋月の反応のなさに疑問を抱いた。
「緋月さん! ……緋月さん?」
「……え? あ、なに?」
信武が何度か呼びかけて、漸く我に返った。顔には汗が滲み、何度も瞬きを繰り返す。
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