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※
月が厚い雲に隠れている。光は時折雲の隙間から除く程度しかなく、その日は灯りがないと足元見えないほど、闇が深い日だった。
早寝早起きという規則正しい生活を送る人々は外を出歩いておらず、闇に包まれた町は閑散としていた。
そんな空間を破るように京の町から、はあ、はあ、と息切れが聞こえてくる。同時に草鞋が土を蹴る音も聞こえてきた。
町の大通りを走っているのは、刀を腰に差した黒髪の青年だった。手に持っている提灯は破れており、灯りが消えている。
青年――武田信武は時々後ろを振り返っていた。背後に広がっている、全てを呑み込みそうな深い闇が恐ろしい。
(逃げないと、逃げないと、逃げないと!)
恐怖で埋め尽くされた頭ではそれしか考えられず、信武は無我夢中で走る。すでに息は上がっており、呼吸するたびに喉の奥が渇いていった。
闇は信武が欲しいと言わんばかりに近づいてくる。無数に現れた深い闇色の手が信武に手を伸ばした。
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