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花見の時期のためか、町を歩く人々の手に箱型の包みがあった。耳を澄まさなくとも楽しそうな笑い声が聞こえ、緋月も柔らかく微笑んだ。周りを見れば、家族で歩く者、恋仲と歩く者などがいて、とても幸せそうだ。
ふと、目の端に忙しそうな少年の姿が映る。両手いっぱいに重箱を持ち、汗を流して走っていた。
(そろそろ配達関係の依頼が来るかな)
花見といえば料亭に食事の、酒屋には酒の大量注文が来る。労働の割に賃金が安いかもしれないが、仕事には違いない。じっとしていることが苦手な緋月は、どこか適当な店で仕事を探そうかと考えた。
「歩きながら話もなんですし、どこかで座りませんか?」
元気に働く人たちで賑やかな朝の京の町を歩いていると、信武が提案した。少し前を歩いていた緋月は顔を動かし、後ろにいる信武に問いかけた。
「こんな朝早くに甘味処にでも行く気なの?」
「甘味処に行きたいんですか? では、僕が甘味を奢りますよ」
「俺は甘いものがそんなに好きじゃないから。遠慮しておくよ」
信武がくれた菓子を松に渡したように、緋月は甘味を自ら進んで食べることは少ない。食べられるが、大抵は一口で止めてしまう。
「あの、緋月さんは甘味が嫌いなんですか?」
「食べれるけど、自分からはあまり食べたくないかな。知り合いの茶屋の甘味は食べるよ。性格はきついけど、甘味を作る腕はいいから」
「食べられるんですね? じゃあ、食べに行きましょうよ! 僕の知り合いで、甘味を作るのが上手な人がいるんです!」
信武は緋月の上衣の袖を掴むと、彼の意思をお構いなしに引っ張って行った。緋月の方が背が高いとはいえ、急に引かれては従ってしまう。
「その甘味処、朝でもやっているの?」
緋月は急に手を引かれても落ち着いた様子だ。
「いいえ。店開き前ですけど、今回はお願いして隅の方を貸してもらいましょう」
「きみの知り合いにお願いしてまで甘味なんか食べたくないよ」
「そんな、遠慮なさらずに」
「遠慮なんてしていないよ」
断り方に問題があるのだろうか。信武は自身の赴くままに動こうとする。緋月は抵抗することも考えたが、人の目があることに気付いた。
武士に歯向かう町民。信武の誘いを断った場合、周りは緋月をそう見るだろう。
なんて面倒な……と小さく息を吐いて、仕方なしに信武の後を追った。
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