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二人は町の人に、自分たちが兄弟のように仲むつまじく歩いているように見られていたことを、知らなかった。
信武が案内したのは、小綺麗な甘味処だった。何回も代替わりして大切に受け継いだというよりは、最近出来た印象を受ける綺麗さだ。
信武は緋月より前に出て引き戸を開けた。店開きの前だから、中は静かでどこか暗かった。
「おはようございます、信昭兄さん」
信武が店の奥にまで響くような声を出すと、奥から地響きのような足音がやってきた。足音は奥にある暖簾の前で止まると、そっとこちらを伺った。
男らしく凛々しい顔立ち……といえば聞こえは良いだろうが、無表情でこちらを静観する姿は見方を変えれば怖いものだ。例えるなら、息を潜めてこちらを窺う恐ろしい猛獣にあったようなもの。
その足音の主は信武を確認すると、「信武ー!」と叫んで飛び付いた。顔に似合わない行動である。緋月は急な展開に微笑んだまま固まった。
「良かった、無事だったか。変態なお奉行たちに捕まらなくて……」
そこまで言って、信昭は緋月の存在に気付いた。ようやく目に入ったとでもいうべきだろうか。
信昭の目には緋月が若くて顔立ちのよい、軟派な人物に見えた。
「信武! ま、まさかこんな顔のよさで人を落とすような奴に……!?」
「なにを想像しているか知りませんが、違いますよ」
きっぱりと信武は否定するが、信昭は眉間に眉を寄せる。
「本当か!? 痛いこととかされていないか!?」
「痛いことってなに、暴力のこと? 俺はなにもしてないよ。……えっと」
「貴様に呼ばれる名前はない!」
鋭く指を指され、緋月は苦笑いをした。……随分変わった人だ。
「お前みたいな顔の良い奴はだな、うちの信武みたいな純真無垢な人を顔で落として弄ぶんだ!」
「なにそのひねくれた考え。俺、彼と遊んだことなんてないよ」
朝が初対面ゆえの言葉だったが、信昭は別の意味にとったらしい。
「本気だったのか!?」
「本気? いや、違うけど。そもそも興味ないし」
「そんなに信武は魅力がないと言いたいのか、この野郎!」
「えー……どうしてそうなるの」
面倒な男だ。緋月が信昭に胸ぐらを掴まれ、揺すられていると奥から若い女性が出てきた。
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