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「信昭さん、まだ仕込みの準備が終わっていませんよ!」
若い女性が信昭を睨むように見る。
「美代。すまない、すぐに終わらせる」
「あ、信昭兄さん。隅の方を借りていいですか?」
「構わないが……軟派野郎、信武に手を出したら承知しないからな」
信昭はぎろりと緋月を睨む。睨まれるようなことをした覚えはないんだけど、と緋月は心の中で呟いた。
「手を出すなんて考えたことないね。俺は男色じゃないから」
緋月はにこりと笑顔で返す。信昭は安堵したように息を吐き、信武の頭を撫でた。
「なにかあったら叫べ。すぐに助ける」
「信昭さん、仕込み!」
「ああ」
美代という女性に強く呼ばれて、ようやく信昭は奥へと引っ込んだ。信武を何度も振り返ったのはきっと幻覚ではない。
二人は隅の日当たりのよい席に腰をかけた。差し込んでくる日が温かく、眠くなってしまいそうだ。
「すいません、うちの従兄がしつこく絡んでしまって」
「あに、ということはお兄さんなんだね。それにしては似ていないようだけど」
「え? ……ああ、勘違いさせてすいません。信昭兄さんとは従兄弟なんです」
「へえ」
「信昭兄さんは親族の中で一番僕を気にかけてくれているんです。その分、思い込みも多いんですが」
「そうみたいだね」
緋月の頷きに信武は苦笑いをした。
奥から信昭が戻ってきた。手には団子を載せた皿を二皿持っている。
「信武、これでも食べていけ」
「ありがとうございます、信昭兄さん」
「ああ」
信昭は嬉しそうに微笑んだ。緋月が二人の様子を見ていると、突然信昭が睨み付けた。
「一応お前の分もあるが、本当はあげたくない」
「客に対しての態度がなっていないね。でもありがとう」
「お前は金を払えよ」
「はいはい」
緋月はみたらし団子を口にした。甘じょっぱいたれが美味だ。
「うん、味はいいね」
「味以外は悪いと言いたいのか」
「言ってないよ」
「失礼な奴め」
信昭は眉間に皺を寄せ、奥へと引っ込んでいった。大柄な彼がいなくなると、小柄な信武は頭を下げる。
「すみません、本当にすみません」
「大丈夫だから。それで、頼みたいことって、なに?」
信武は視線をどこに置くか、考え、手の付けられていない団子へ落とした。
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