序章

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 腰にある刀で戦う、ということは思い付かなかった。アレに捕まってはいけない。ただそれだけが頭の中で警鐘のように鳴り響く。その時の彼は武士の誇りなんて頭から抜け落ちていた。  信武は半刻前まで、七つも年の離れた従兄の家で世間話をしていた。夜も更け、泊まればいいのにと言った従兄の誘いを断り、家に帰ろうとした。そのすぐに闇が手の形になったナニかが追いかけて来たのだ。正直、後ろの闇がよく分からなくて怖い。遠慮なんかせずに従兄に甘えれば良かった。  信武は後悔で脳裏を埋めつくしながらも走った。だが、焦りすぎて今にも転びそうだ。 「あ」  固いものが爪先に当たり、体が一瞬浮くような感覚がしたと思ったら、次の瞬間派手に転んでしまった。擦り剥けた手のひらが痛い。どうやら道端の小石につまづいたらしい。  信武は、はっ、と後ろを振り返った。闇の手はゆっくりと彼に手を伸ばしている。まるでもう信武が逃げられないと確信しているように。  ひゅ、と恐怖で喉が鳴った。心臓がどくん、どくんと大きく鐘を打つ。 (捕まる――――!)
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