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しばらく逃げていると、人々は彼らを見失ったようだった。
路地裏から大通りの様子を見ると、彼らは緋月たちを必死に探していた。緋月は町人たちを観察しながらやり過ごすと、息を切らしている信武の方を向いた。
「ここならしばらくは見つからないよ」
「本当ですか? 良かった……」
緋月の言葉に信武は安心し、胸を撫で下ろしていた。
「あの……降ろして」
緋月に担がれたままの少女が困ったように声をかけた。……逃げるのに夢中で忘れていた。
「ああ、ごめん」
少女を静かに地面に下ろす。少女は地に足をつけると、パンパンと着物を払った。着物に付いた土が気になるらしい。
「怪我はない?」
「ない。少し前に治った」
少女は無機質な声で返した。表情もどこか固く、人形のようにさえ見える。
「それにしても、人間の姿になる妖怪は久しぶりに見ました」
信武は少女を興味深そうに見た。
肩までしかない白い髪。しかしそれは老いからくる艶のないものとは違い、日に当たると柔らかく輝く美しいものだった。対する丸い瞳は、闇を切り取ったように暗い。見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
少女は居心地が悪そうに信武から目を逸らす。
「あまり見ないで。……人の目、怖い」
「あ、ごめんね」
少女は視線から逃れるようにうつむいた。信武はとりあえず視線を移すが、少女が気になって仕方ない様子だ。緋月はといえば、二人の様子を観察している。
「そういえば、名前は?」
「あ、名乗っていなかったね。僕は武田信武。こちらは……」
「名前を教えなくていいよ。恩人ということだけ知ってもらえればいいから」
信武の言葉を遮り、緋月は「とりあえずよろしく」とだけ挨拶する。少女は無感情な瞳をちらりと向けたが、すぐに逸らした。興味の対象にはならなかったらしい。
「……私、神無。土蜘蛛。妖怪って分かるということは、あなたたちは私を知っているの?」
「知らない」
「知らないかな」
緋月は率直に、信武は困ったように笑いながら答えた。
「私が人でないと分かるだけ? 弱いくせに、人間は意外に鋭いね」
神無は緋月たちを感心したような目で見てきた。緋月たちからしてみれば、神無を人間でないと分からない人の方が不思議なくらいだ。
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