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「私、ここには観光しにきた」
「観光? 物見遊山のこと?」
「そう、それ」
信武の言葉に彼女は頷く。緋月は神無を静かに見つめた。
土蜘蛛とは、その昔源頼光に対抗する蜘蛛の妖怪といわれたほど有名なものである。そんな存在が、一体なにを観光しに来たのか――いくつか悪いことが頭に浮かんだ。
しかし、それは杞憂だったようだ。神無の考えは可愛いものであった。ぽつりと呟くように言葉を付け足す。
「私、ここの桜見に来たの。綺麗だから」
「ああ、今の時期が見頃だからね。まだ見ていないの?」
信武の質問に神無は小さく頷いた。
「見ようと思ったのが昨日だから。今日はいい場所を探していただけ」
「その姿で?」
「うん。本当は、蜘蛛の姿でも良かったけど、この姿になったの。こっそり来たから、仲間に見つかると面倒で。この姿なら動きやすいから、逃げ切るのは楽なの」
「そうなんだ? 蜘蛛のほうが見つかりにくいと思ったけど、違うんだね」
「たしかに、見つかりにくい。でも身体が小さいから移動に時間がかかるし、踏みつけられたりものを投げられたり、危険が多くなる。それに捕まったら逃げられない」
神無は信武が想像しやすいように説明した。信武は特に疑問を持たずに納得した。
「……人間の姿なのに、人間に怖い目、された」
先程までの出来事を思いだし、神無は悲しそうに眉を下げた。泣き出す様子はないが、分かりやすく表情が変わった。
「人間怖い。どうして同族をいじめるの? それとも私の変化(へんげ)がダメだった? 人間に見えない?」
「人間の女の子には見えるよ。だけどもう少し髪が黒かったら良かったね」
緋月の指摘に、神無は髪の毛を触る。
「でもこれ、蜘蛛の糸の色。もっと力がないと変えられない」
神無はますます表情を曇らせた。
「私、土蜘蛛だけど他の妖怪より弱いの。まだ生まれて百年くらいしか生きてないから、うまく妖力を扱えない」
「百年でも十分だと思うけど…………」
「妖怪にとっての百年は、人間の十歳くらい。私は変化で見た目を変えているから、人間の十歳には見えないと思う」
「そんなに違うんだ」
あまりの差に、信武は困ってしまった。緋月はというと、二人の様子を黙って見つめている。
ふと、信武は一つの疑問を抱いた。
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