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どうにか町の人々の目を掻い潜り、宿屋に着いた。
「あ、オババ。ただいま」
三人は、玄関で松に出くわした。松は何年も愛用している、くたびれた白い頭巾と割烹着を身につけている。掃除をしていたようで、使い古された雑巾を手に持っていた。
「おかえり。随分帰りが早かったねえ」
「ちょっと知り合いに会ったからね。買い物はお昼過ぎに行くよ」
笠を被った神無は、緋月の着物を掴んだ。松に警戒心を抱いているらしい。
今まで町の人にされたことを考えれば無理もないだろう。
松は緋月の後ろにいる二人に笑いかけた。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」
客に対する礼をし、彼女は奥へと行ってしまった。神無は暫く瞠目する。
「緋月さま、あの人、笑った。怖くない……」
「それは良かったね。とりあえず、俺の部屋に行こうか」
緋月の部屋に着くと、松がお茶と茶菓子を盆に乗せて持ってきた。茶葉代も安くはないのに無理をする、と緋月は苦笑した。
「白湯でいいのに」
「白湯だと味気ないじゃないか。ほら、二人も遠慮するんじゃないよ」
「ありがとうございます」
「……ありがと?」
松は満足そうに笑うと、部屋を出ていった。緋月は二人に向き直り、菓子を勧める。
「この茶菓子、美味しいんだよ。甘すぎないから。いつも多目に貰っているし、遠慮しないで食べていいよ」
「あ、いただきます」
「いただきます」
二人は桜の形をした饅頭を手に取ると、口に入れた。暫くして、満面の笑みが溢れる。
「美味しいです! 誰が作ったんですか?」
「知り合いの女性だよ。いつも突っかかってくる変わった人なんだけど、菓子の腕は本物だね。甘いけど、たくさん食べたくなる」
「はい!」
信武は同意し、行儀よく完食した。
「緋月さま、中に入っている黒いのはなんですか?」
「餡だよ。こしあん」
「こしあん美味しいです!」
はむはむと急いで食べる神無。栗鼠のようで可愛らしい。
二人が落ち着いた頃、緋月は口を開いた。
「さて。まず、きみに説明しようか。俺と神無の関係について」
「えっと、その前にひとついいですか?」
「なに?」
「どうして僕に教えてくれようとするのですか?」
「それは……」
緋月は、真面目な顔になった信武に笑いかけた。
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