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壱
時は、平安時代の末期。
荒ぶ秋風が、ふいに止まる。
刹那、一帯に広がる夜のしじま。
新月なのだが、カラカラと点滅する目立った星はない。ただぼんやりと光を感じる、まるで夜空ぜんたいが光っているような、不思議な夜だった。
山間の小さな集落で、一人の子が今夜、生まれた。
彼は「呉東那吉門左衛門璃光」と名付けられたのだが、長すぎる事もあり、略して「那吉」と呼ばれることになる。
親の溺愛が分かるダラダラとした名前の子。そんな子が、今夜、現世に降り立った。
だが、予想外のことが、一つだけ起きた。
ギラギラ光る目にバサバサの髪。那吉は、鬼子だったのだ。
鬼子と聞いて、真っ先に思い付くのは、平安の京都・大江山に巣食い、金銭泥棒に娘攫いと悪事を重ね、挙げ句の果てに正長元年、源頼光に退治された悪鬼・酒呑童子である。
酒呑童子が立派に悪道に進めたのは、ひとえに親のお陰であった。
親は「危ないから殺せ」という周りの忠告をことごとく無視し、大切に育てたのだ。
いわんこっちゃない。結局二人仲良く愛する我が子に食われた。
その点、那吉の両親は正反対だった。
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