嘘つきは、愛しさの始まり。

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嘘つきは、愛しさの始まり。

 ヒロキはベッドで腹這(はらば)いになりながら、煙草を咥えていた。その目は、ヘッドボードにある時計に向けられている。 『23:59 3/31(木)』  大きく、深く、息を吸う。肺の細胞、一個、一個にまでニコチンを行き渡らせ、煙を一気に吐き出した。 『00:00 4/1(金)』  「俺、煙草やめるわ!」 「え! 何! いきなり」  隣で寝ていたトモヤは、驚いたように上体を起こした。 「ほら、服とか髪とか、臭くなんだろ?」 「今さら?」  トモヤは肩をきゅっと上げて笑った。 「今さらって……」 「だって、もう十年以上吸ってるでしょ?」 「十年以上って、俺、何歳だよ」 「ヒロ、中学のときから吸ってるんでしょ?」 「はぁ? お前、知らねぇの? 煙草は、からって決まってんだよ!」  ヒロキは強めの口調で言い切った。 「二十歳(はたち)でしょ?」 「あぁっ……そう! 二十歳、二十歳」  そして、焦って言い直した。 「でも、中学から吸ってたんでしょ?」 「はぁ? 中学のときは――」 「ときはっ?」  トモヤは食い気味に言った。 「吸っ、て……」 「吸って?」 「ね……」 「ねぇっ?」  顔を(そむ)けるヒロキの横顔に、トモヤは顔をぐいっと近づけた。 「……ま……した」 「よくできました」  トモヤはにこりと笑い、ヒロキは「くそっ」と小さく吐き捨てた。 「でもおれ、ヒロの匂い……、結構好きだよ」  トモヤはヒロキの髪を指に巻きつけながら、照れ臭そうに言った。  ヒロキの短い髪は、すぐにトモヤの指からほどけ、それを愛しそうに、何度も指にくるくる巻きつける。    ふと、トモヤは強い視線を感じ、 「えっ? 何?」  ヒロキのほうへ顔を向けた。  ヒロキは真顔でトモヤの目をじっと見たあと、(うなが)すようにヘッドボードの時計に視線を移動させた。  その視線を、トモヤが追う。 『00:03 4/1(金)』  「ん……? あぁ! エイプリルフールだ!」  トモヤの表情が、弾けるように明るくなった。 「おかしいと思った。ヒロが煙草やめるなんて。びっくりした」 「もうすでに一コ嘘ついちまったから、中学んときから吸ってるかって聞かれて、嘘つけなかった」 「そういうとこは、律儀だね。法は犯しちゃってるけど」 「若気の至りだよ」  楽しそうに笑うトモヤに言うと、ヒロキは灰皿の中で、荒っぽく煙草を消した。 「あっ! おれも、一コ嘘ついちゃってる」 「え? 今?」 「うん。……おれ、ヒロの匂い、結構好きって言ったけど……」  トモヤは、ぽこぽこと並んだヒロキの背骨を指でなぞり、その大きな背中に体を預けた。 「本当は……」  ヒロキの髪に、深く、深く、顔をうずめる。 「……大好き」
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