3円の奇跡

4/4
前へ
/20ページ
次へ
合わせたタイマーは20分。それで一台を調律する。 午前の目標は10台だ。 世界のギネスでは、グランドピアノを260秒で調律したという記録がある。バケモノか。 とにかく僕は、今僕ができることをやる。 神経を研ぎ澄ませるんだ。 タイマー、スタート。 音叉で中央のA(ラ)を合わせ、その基準音を中心に1オクターブ内の音程を作る『割り振り』作業を行う。 A音と別の音、二音間にズレがないか、共鳴するか確かめていく。 それが済んだら、低音のE(ミ)音を合わせる。それを半音ずつ下げていって、弦を調節していく。 耳と指の感覚を合わせ、体に覚え込ませる。自分の調弦のリズムを保ち、そのピッチを上げていく。 僕の体も機械の一部になっていく、その感覚が好きだ。 最後に音階と和音を聞いて、確認する。 少しのズレがあっても、あまり気にしない。今の目標はタイムだから。 タイマーを止めると、19分48秒。「よし」と右手の拳を握った。 体が高揚するのを感じながら、4台目に差し掛かった時。 お腹が急に大合唱を始めた。 炭水化物を摂っていない体は、変化(トランスフォーム)を完成させる前に燃料不足を訴えてきた。 調律は、結構神経削がれる上に、意外と体力を消耗する。 そうそう。大勢が辞めていったもうひとつの理由は、この神経衰弱する作業に耐えられなくなったからだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加