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合わせたタイマーは20分。それで一台を調律する。
午前の目標は10台だ。
世界のギネスでは、グランドピアノを260秒で調律したという記録がある。バケモノか。
とにかく僕は、今僕ができることをやる。
神経を研ぎ澄ませるんだ。
タイマー、スタート。
音叉で中央のA(ラ)を合わせ、その基準音を中心に1オクターブ内の音程を作る『割り振り』作業を行う。
A音と別の音、二音間にズレがないか、共鳴するか確かめていく。
それが済んだら、低音のE(ミ)音を合わせる。それを半音ずつ下げていって、弦を調節していく。
耳と指の感覚を合わせ、体に覚え込ませる。自分の調弦のリズムを保ち、そのピッチを上げていく。
僕の体も機械の一部になっていく、その感覚が好きだ。
最後に音階と和音を聞いて、確認する。
少しのズレがあっても、あまり気にしない。今の目標はタイムだから。
タイマーを止めると、19分48秒。「よし」と右手の拳を握った。
体が高揚するのを感じながら、4台目に差し掛かった時。
お腹が急に大合唱を始めた。
炭水化物を摂っていない体は、変化を完成させる前に燃料不足を訴えてきた。
調律は、結構神経削がれる上に、意外と体力を消耗する。
そうそう。大勢が辞めていったもうひとつの理由は、この神経衰弱する作業に耐えられなくなったからだ。
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