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重ねた心、重ねたキス⑵
「お願い・・キスして」
耳を疑った。いや、今のこの状況だけでも異様だ。
俺は何故、彼女を抱きしめてる?
触れてはいけない人、雲の上の存在。
だが彼女は言った。もう1つの自分の名前を。
自分が何者なのか分からなくなっている。
それが無性に悲しくて、辛そうで。
抱きしめずにはいられなかった。
ストーブの火が燃える。
泣きはらした、涙を一杯にため込んだ大きな瞳。長いまつげ。
涙で瞳がきらめく。
黒い瞳に宝石の様に涙が光る、吸い込まれそうだ。
俺の中の何かが外れた。
零れる涙を指で拭う。指に感じるすべらかな頬。
それが涙でしっとり濡れて。
上気した顔が俺を見上げ、キスを求めて来る。
**
俺は引き寄せたまま、彼女の長い黒髪に指を絡めた。
「本気か・・?」
彼女は答えずに俺に言葉を重ねる。
「キスして・・・・ちゃんと・・よ」
絡めた指を彼女から離せない、指の間をサラサラと黒髪が滑る。
ひらひらしたドレス、肩を引き寄せる。
彼女は俺に身体を寄せ、瞳を閉じた。
***
ほんの少し触れた彼女の唇、柔らかな感触。
それがしっとりと濡れて。
惚れる?惚れてるのか俺は。
触れただけのはずのキス。
そのクセ彼女の心の内側にまで、触れた気がしたのは、
俺の思考までショートしたのか?
「ごめんなさい…こんな事を言って・・
頭がおかしな娘とお思いですわね…?」
違う、そう思った。
誰かが支えないと壊れそうで…。
守りたい。そう思ってしまった。
バカげてる。
彼女を守る者は、いくらでもいる。
やはりいつも、側にいるあのセルシオとかいう執事。
外回りの時はSPも、付くだろう。
俺がでしゃばって、どうする?
そのくせ、今の彼女が本当の彼女だとしたら?
仮面[ペルソナ]のない素の自分を、見せられるのが俺だとしたら?
受け入れたい。
そう思うのは罪だろうか?
***
「さっき、君は言ったね」
関わるべきじゃない、距離を置け。
俺の中で警鐘が鳴る。
だけど心は反対……だ。
彼女の心に、もっと触れたい。
本当の彼女が孤独に見えるから。
祖父と父との愛の狭間で彷徨う。
俺には迷子に見えた。
「お祖父さんがお父さんを、見捨てたと?」
ビクンと彼女の体が跳ねる。
だから俺の腕は力を増した。
きつく彼女を抱きしめると、細い背がかすかにしなった。
こんな細い肩に財団という重荷。
だから俺は言った。
「逆だよ…『そうやって守ろうとしたんだ』、
君のお祖父さんは見捨てたんじゃない」
彼女が目を見張って、俺を見た。
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