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彩子の家は爵位こそは低いが、貴族と呼ばれる一族であった。
東京の一角に小さいながらも屋敷があり、お手伝いさんもいた。
その当時の日本は、まだまだ文明開化の真っ只中。
海外から珍しいものが多く日本に入ってきて、夜には鹿鳴館が煌びやかな光を放ってダンスパーティーを開催していたのだった。
彩子は女学校に通う女生徒だった。
目の前の勉学や習い事に夢中になって、結婚や跡継ぎなんて全く考えていなかった。
けれども、大勢いた女学生は一人、また一人と嫁ぎ先が決まって、学校を辞めて行った。
その波は彩子の元にもやってきた。
ある日、学校から帰った彩子は生まれた時からの許嫁という男性に会わされた。
軍人だという男は、両親の前では爽やかな笑みを浮かべた好青年だった。
けれども、彩子と二人きりになると、彩子を下僕にしか扱わなかった。
「女は男に従っているだけでいいのだ」
「女は子を産み、跡継ぎを作るだけの道具だ」
そう言っては、彩子が楯突くと乱暴を働いた。
始めて会った日も、女を道具としか見ない男の言葉に、彩子は激怒して衝動のままに自宅を飛び出した。
行く当ては無かった。それでも、街を歩いていれば、気を紛らわせる事が出来たのだった。
そんな時、西洋から輸入した珍しいものを扱っている店街を歩いていた時だった。
「こんなお店あったかしら……?」
彩子は可愛らしい西洋人形が看板娘を務める、人形のお店の前で足を止めたのだった。
「可愛い!」
看板娘を務めている西洋人形は、白磁の肌と秋空の様な水色の瞳が特徴的であった。
瞳と同じ色のエプロンドレスも、また愛らしくあった。
彩子が西洋人形に釣られてお店の中に入ると、中には店主を含めて誰もいなかった。
その代わり、店中に所狭しと並べられた西洋人形が彩子を出迎えてくれたのだった。
「どの子も可愛い! そういえば、さっちゃんが持っていたのも、こんな西洋人形だったわ!」
さっちゃんは彩子と中の良かった同級生であった。ただ、先月、商人の家に嫁ぐ事が決まり、学校を辞めてしまったのだった。
さっちゃんが持っていたのは、翡翠色の瞳の西洋人形だった。見せてもらった時は彩子も西洋人形が欲しくなったものだった。
「こっちには人形に関する本があるわ!」
そうして、彩子は店に誰もいないのをいい事に、日が暮れるまで店の中にいたのだった。
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