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その次の日も、そのまた次の日も、彩子は西洋人形のお店にいた。
外側は瓦屋根のお店だけれども、お店の中は西洋人形や西洋人形に関連する本や小物を置いているというのも、また面白かった。
ここにいると、許嫁の事を考えなくて済んだ。
両親は許嫁の表の顔に騙されて、彩子の話を聞いてくれなかった。
学校にいると、誰が話したのか彩子は近々結婚するという話が広まっており、誰もが祝福してくれた。
誰も彩子をわかってくれない。彩子の話を聞いてくれない、本当の事を話せずにいた。
そんな彩子にとって、今や西洋人形達だけが彩子を慰めてくれたのだった。
「もう、家にも学校にもいたくない。結婚もしたくない」
お店に通い始めて、数日後。
とうとう我慢出来なくなった彩子が、お店の中で泣いていると、頭の上に人形が落ちてきた。
赤い着物を着て、黒色のおかっぱ頭の女の子の人形だった。
見た目は日本人風だが、造りは西洋人形であった。
その人形を両手で持った彩子は、思った事をそのまま口に出した。
「いいな。私も人形になりたい。そうしたら、結婚しなくていいもの」
彩子は棚に人形を戻すと、袖で顔をグッと拭いたのだった。
その日を境に、彩子の身体に異変が現れるようになった。
まず、身体が重くなった。肩や足が重くなり、自由に動きづらくなった。
次いで、手足の指が自由に動かなくなった。
学校や家では何とか誤魔化せているが、周囲に気づかれるのも時間の問題だろう。
最後は、空腹といった生理的欲求が無くなった。
皆の前では無理して食べていたが、次第に限界になり誰も居ないところで戻した。
そうしている間に、彩子は痩せ細り、顔は青白く、やつれていった。
まるで、人形のように。
それでも、誰も彩子の異変に気づかなかった。誰もが彩子の結婚に気をとられていたのだった。
ついには、店内にいると幻聴まで聞こえるようになった。
「ここに居てはダメ」
「おうちに帰りなさい」
と、あちこちから聞こえてくるようになったのだった。
それでも、彩子は店に通い続けた。
彩子にはもうそこしか、居場所がなかったからだ。
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