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俺が働いていたメンズエステ店がある狭霧町は、古くから男が男を求める場として栄えてきた「男色の町」だ。エステの他にもホストや高級メンズクラブなどの「水」の店、売り専やピンサロなどの「風」の店、俺がいたエステのような表向きは健全を謳っている「水と風の間」の店などが軒を連ねていて、毎夜男達で賑わっている。
そんないかがわしいピンクネオンの数々を造り、経営し、仕切っているのが、これから俺が向かう「神崎家」だ。要は狭霧町における性風俗産業の元締めの家ということである。
そして、今日。
「う、わ……」
見上げたデカい豪邸。一体どれほどの金持ちなんだろうと思って期待して来たが、目の前に現れた巨大な家は、俺の想像をはるかに超えてデカかった。
この屋敷に、今日から俺が世話になる神崎飛凰が住んでいる。
手入れの行き届いた芝生の庭は広く、木々には小鳥が止まっていて、池には高そうな鯉が泳いでいて、噴水の周りでは石膏の天使達が躍っていた。敷地の柵にはツタが絡まり、赤や白や黄色の薔薇が咲いている。
いかにも「金持ってます!」って感じの庭だ。
一つ不思議に思ったのは、庭の中に本家とは別の小さな可愛らしいデザインの建物が点在していることだった。家に見えるが家にしては小さくて、何だか豪華なドールハウスみたいだ。
「春野陽太さんですか?」
門の前に立っていたスーツ姿の男が、俺に声をかけてにこりと笑った。
「そうです。景虎の紹介で今日から働かせて頂くことになってるんですけど」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
男に続いて門をくぐり、薔薇のアーチの下を歩く。まるで不思議の国のアリスの世界だ。実際にお茶会とかゴルフとか行なわれているのだろうか。
屋敷の中も広い。陽射しがめいっぱい入る大きな窓、真っ白な壁。リビングは横に長く吹き抜けで、同じスペースにガラス製の室内階段がある。西洋のお城というよりは、センスが良過ぎて逆に奇抜に見えるデザイナーズハウスといった感じだった。
「………」
どう見ても適当に描いたとしか思えない絵画。美術館から盗んできたような彫刻品。こんな物が幾らするのか想像もつかないが、きっと値段を聞いたら目玉が飛び出すだろうなと思う。
そんな異世界のリビングを抜けて、男が廊下の階段を上がる。あのガラス製のお洒落な階段は、どうやら使用人は使ってはいけないらしい。
「こちらでお待ち下さい」
二階の廊下を長いこと進んで突き当たりを右に曲がり、更に奥まで進んだところでようやく男が足を止めた。
「飛凰様の合図がありましたら中へお入り下さい。それでは」
「付き添ってくれないのか?」
「すみません、自分の仕事がありますから」
そうしてスーツの男が踵を返し、また長い廊下を歩いて行く。仕方なく俺は重厚な木製のドアを見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
ここが、この城の主の部屋。この中に俺の「ご主人様」がいる。大手神崎グループの社長息子、神崎飛凰が──。
そして、そのまま五分が経過した。
「……まだかよ」
ノックして入ったら駄目だろうか。もしかして忘れられているのではないだろうか。それとも試されているのだろうか。金持ちなんて性格が悪いイメージしかない。このまま何時間でも待たされる可能性もある。
「入れ」
考えていたら唐突に中から声がして、俺はその場でビクリと体を強張らせた。どうやら忘れていた訳ではないらしい。きっと部屋の中で、何か仕事をしていたのだろう。
「失礼します」
ドアノブを回し、勢い良くドアを開く。これだけ待たされたんだ、礼儀も何も知ったことか。
「は、……」
だけど次の瞬間視界に広がったのは、目を疑うような光景だった。
「初めまして」
白にも灰色にも見える、逆立った綺麗な銀髪。長い手足、引き締まった体。
妖艶に笑う美しい顔。切れ長の瞳に薄い唇……。
この男が、神崎飛凰。
「あ、……お、俺は……」
瞬時にして顔が赤くなり、視線が泳いでしまう。理由は二つ。まず一つが飛凰が想像以上の男前で俺の好みどストライクだったからだ。まるで今までの価値観をバットで叩き割られたかのような衝撃だった。世の中にこんなに綺麗な男が存在していたなんて。
──やばい。めちゃくちゃカッコいい……!
「………」
そして理由の二つ目が、目の前でベッドに座った神崎飛凰の左右に、俺と同い年くらいの若い男がいたからだ。どちらも同じ男とは思えないほどに綺麗で、そして……裸だった。
彼らだけじゃない。そんな二人に挟まれて妖しく笑っている神崎飛凰もまた、何も身に着けていない正真正銘の全裸だったのだ。
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