陽太の一歩

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「すまない、陽太。お前がそんな風に思ってくれていることが嬉しくて、つい……」 「い、いえ。いいんです……大丈夫です……」  ぜえぜえ言いながら手を横に振り、意外に純粋な人なんだなと──俺の頭の中の「飛凰様データ」にまず一つの情報を記録する。 「お前の知りたいことには何でも答えよう。遠慮なく質問するといいぞ」  ご機嫌モードの飛凰が、俺の手を握って笑う。  そうして俺達は庭を歩きながら、実に様々な話をした。 「あまり流行り物には詳しくなくてな。服も装飾品も、好きな物を選んでいるだけだ」 「ふふ、良家のご子息らしいですね。……あ、良い意味でですよ」 「だが、俺は映画は好きだぞ。暇な時には親父の金魚達を呼んで自室で映画を観るのだが、……実を言うと、最後まで見られた試しがない」 「そ、それは、金魚達と戯れちゃうからですか?」 「まさか、俺が寝てしまうんだ」 「あはは!」  今のは演技ではなく、本心からの笑い声だった。  話している分には、飛凰は良い奴だ。どこか抜けていて憎めない性格だし、普通に優しくて、金持ちなのを鼻にかけている感じもしない。  ただここまでに俺が仕入れた「飛凰様データ」の中で最も重要な情報は、飛凰はとにかく男好きということ。美しい男を見れば街などでもつい声をかけてしまうらしく、それを利用して社員が甘い蜜を吸おうと言い寄ってくる時もあるのだとか。  過去には屋敷の外に作った愛人と別の愛人が鉢合わせして会社で修羅場になったこともあり、その時は父親である神崎家の旦那様にこっぴどく叱られたという。それ以来飛凰は父親の勧めもあり、自分の別荘があるこの「楽園」に金魚を迎える決意をしたそうだ。  飛凰と二人で屋敷の中へ戻り、廊下を歩きながら俺は更に質問した。 「だけど、皆さん旦那様に会えなくて寂しいのではないですか? 俺のために別荘に泊まり込みで手伝いに来てくれているなんて、申し訳なくて……」 「黒羽は俺の目付け役でもある。どこぞの青年を別荘に招き入れやしないかと心配してるのさ」 「そういえば昨日、お部屋に知らない青年がいましたね」  それはさておき、と飛凰が話を変え、俺の肩に手を置く。 「陽太は本当に俺の金魚になってくれるのか?」 「……俺には勿体ない申し出とは分かってるのですが……飛凰様がそう仰ってくれるなら……」  本当は不安だった。金によっては男のアレを握ってサービスしていたような俺が、本当に飛凰の伴侶になれるのかと。景虎が何と言って取り次いだのかは知らないが、俺のそんな経歴や超絶貧乏人だった過去が知られたら、即刻追い出されるのではないかと……不安だった。 「逆にお聞きしますけど……。飛凰様こそ、本当に俺なんかで良いんですか?」 「………」  肩に置かれた飛凰の手が背中に回される。軽く押され、俺は促されるまま飛凰と並んで廊下を進み続けた。  リビングの階段を上がって二階へ行く。右を見れば飛凰の部屋だ。取り敢えずはここまでかと思った、その時。 「風呂にでも入りながら話の続きをしよう、陽太」 「えっ?」 「お前、昨夜は風呂に入っていないと言っただろう」  そうだった。今までは風呂に入れない日なんて当たり前のようにあったから、すっかり忘れていたけれど。  普通は毎日風呂に入るものなんだ。だけど……。
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