エピローグ

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あの日も今のような暑い日であった。 肌が凍るような寒い日でもあった。それ程に強い風が轟轟しく私の体に猛進していた。 暦でいえばさして暑い日とも言えない時期に、私は生まれた。どことは分からない。ある者は言う。生き物は生まれた時の記憶を有している事はないのだと。 どれ程過去の記憶を持っていると記憶力に強い自信を持った人間でも、生後3年程たった頃辺りの記憶と言われている。それまでは脳という器官が記憶を留めるまでに成長していないが為だとか。 しかし、私は生後の事を今でも鮮明に覚えている。私が生まれる時に、同時に周りには多くの兄弟が今か今かと生まれる準備をしていた。 私も同等に外の世界に出ていく準備を行っていた訳だが、決して外界に出ることを待望していた訳では無い。そこに留まり続けることが出来ないわけだからだ。 人間の中には腹の中で6年も籠り続けてようやく生まれた人間も居たとか言われているが、我々の種がそれを行えば、大抵途中で死に至るだろう。 なぜなら、我々はある季節ごとに古い服を脱ぎ捨てなければならない、空の中で服を上手に脱げる者を私は知らないからだ。 そう。私はどこにでもいる。花咲蟹である。
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