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クローバーアーツ前のさくら通り。ライトアップされた桜の枝から零れた花びらがまるで灰雪のように舞っている。通りはその光景を一目見ようと集まった多くの見物客で賑わっていた。通りに飛び出た水瀬は、新山の姿を求めるも絶え間なく押し寄せる人の波に翻弄され周囲を見回すことすらおぼつかない。業を煮やした水瀬は突然人目を気にすることなく、
「どこにいるのよ。ばか、ばか、ばかぁ。なんで言わなかったのよ。いつも格好つけて。本当、ばかぁ」
と傍目にはよく分からないことを声を絞り出すように叫ぶと、その場にしゃがみ込んでしまった。映画のヒロインのような水瀬の行動にその周囲にはたちまち人だかりができ、水瀬を取り囲む野次馬の輪は見る見るうちに広がっていった。心が折れたのだろうか、水瀬は一転して独り言のように、
「あなたとの大切な時間、五年も無駄にしちゃったじゃない。返してよね、私の時間」
と誰にも聞こえないようなか細い声で呟いた。その時、水瀬に近づく男性が一人。
新山だった…
新山は野次馬の中を揉みくちゃになりながらも何とか抜け切り水瀬の下に駆け寄った。そして、ドレスについた泥を手で振り払うと、
「ごめんな、千尋。僕が悪かった。だから、もう泣かないでくれ。君には笑顔が一番似合うんだから。ほら、これ、君のために探して来たんだ」
そう言うと、新山はポケットから何か取り出し、水瀬の左手の薬指にはめた。それはあの日と同じ四つ葉のクローバーで作った指輪。そして水瀬を強く抱きしめ、
「必ず幸せにするから。千尋、結婚しよう」
水瀬は涙でくしゃくしゃになった顔を隠しように新山の胸に埋めると、笑顔で、
「あなたって本当にばかよ。こんな女、好きになって。
でも、、、
ありがとう…」
それを見ていた野次馬の間からパラパラと二人を祝福するように拍手が起こった。それは湖面を伝わる波紋のように外へ外へと広がり、やがて通り全体を包み込んでいった。
その光景はまるで映画のワンシーンのようであった…
【完】
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「はい、カーーーットォ!!オッケーです。皆さん、お疲れ様でした。エキストラの方もご協力ありがとうございました。おかげでいいシーンが撮れました」
スピーカーから監督の威勢のいい声がさくら通りに響き渡った。すると、プロデューサーと思われる男性が一人、監督に駆け寄り、
「いやぁ、監督、お疲れ様でした。今回は予算が少なくてすいません。やはり当初の脚本通り水瀬と新山のデートシーンは、ディズニーランドを貸切って派手にやりたかったですなぁ」
「いや、確かにお金はなかったけど、あのシーンは公園に書き換えて正解だったと思う。おかげでストーリーに深みが出たよ。映画はお金じゃないってことだな。お疲れさん」
監督はそう言うと、プロデューサーにボロボロの脚本を手渡し、撮影現場を後にした。
その脚本の表紙には、、、
『愛と憎しみのクローバー』とプリントされてあった…
今度こそ、【完】
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