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ep1「水と地面は命より高い」解答編
「なるほど。――で、三日三晩聞き込みしたのに一つも収穫がないと」
ヨコミゾは呆れたような声で言った。
バー『ナナホシ』は今日も閑古鳥が鳴いていて、カウンターにはヨコミゾと大城の二人しか座っていない。
「『まだ』三日だ。足で稼げば、いつかは真相に辿り着く」
「……そういや、学生の頃から君はそんなだったね」
大城とヨコミゾは、大学のサークル時代からの腐れ縁だ。
「ふふん、褒めても何も出ないぞ」
「今のがどうして褒めてると思えるかな」
ヨコミゾはエッグノックに口をつけてぶくぶくと泡立てた。
「……そもそもだね、君は多分手掛かりを見つけてるはずなんだよ。君の耳は右から左に直通してるのかい?」
ヨコミゾの言葉に、大城は不思議そうな顔をして自分の右耳を触る。
「そうじゃなくて。――どこから説明したものか」
ヨコミゾはトントンとカウンターを指で叩いた。
「まずは、取っ掛かりから始めようか。聞き込みをする中で、証言が食い違うところがあったんじゃないかな?」
「ん、そうだな。でも犯人やその関係者が嘘をつくのはよくある話だろう。それがどうかしたのか?」
「ああ、もう色々とツッコミたいけれど……。とりあえずその反応だと僕の予想は当たってるみたいだね」
頭の上にクエスチョンマークを飛ばしている大城を横目に、ヨコミゾは続ける。
「なんで伏見学園大学の関係者が『被害者をとっくに説き伏せ終わってて、土地を売ってもらう話が纏まっていた』なんて嘘をつく必要があるんだよって話さ」
「んん!? その話をどうしておまえが知ってる? 一体誰が捜査情報を――」
「ああもう、そこからか……。こんなもの、ちょっと考えれば分かる。君の脳みそはカニミソなのかい?」
「カニミソは脳じゃなくて内臓だぞ」
「そういうことだよ」
――そういうこと? とまたもや頭の上に大きなクエスチョンマークが並んでいる大城を無視してヨコミゾは続ける。
「まず、最初の君のやらかしは、一月のこの農閑期にすき込みなんかやってる不審人物をスルーしたことだ」
「普通は収穫後にやるものだな。実家でよく見たから知ってるぞ」
「そういや君は京丹波の出身だったね。それなら、なおさら何で気付かないんだ……」
ヨコミゾは呆れながら言葉を続ける。
「逆に言えば被害者は今まで田んぼを放置してたんだよ。翌年も耕作するつもりなら何故だろうね」
「よっぽど面倒だったんだろうな、きっと」
「本気か!? この話の流れでまだそれ言う!?」
頭を抱えたヨコミゾは、大きく一つ溜息をついてエッグノックを飲み干した。そうして、話を纏める。
「被害者は、土地を売る予定だったから手入れをしていなかったんだよ。それをひっくり返して翌年の耕作準備を始めた被害者の息子は限りなく怪しい。しかし――」
そこで、一息空ける。少しだけ言いにくそうに、ヨコミゾは言葉を続けた。
「正直なところ、これは動機を軸にした推理でしかないんだ。現場の状況からは事故とも事件とも言い切れないし、言い逃れのできない確かな証拠もない。ここから先は……」
最後まで言わずにヨコミゾは大城の方を流し見る。大城は続く言葉を聞かずにうなずいた。
「ああ、足で稼ぐ。俺の得意分野だ」
「さすが、学生時代3回フラれてなお諦めずに結局7回まで記録を伸ばした男だ。尊敬するよ」
「馬鹿にしてるだろう……俺だってそのくらいわかるぞ」
「褒めてるんだよ」
「どうだか」
大城は言いながらマティーニに口をつける。夜は静かに更けていった。
<模範解答>
1事件(配点10)
2犯人は被害者の息子(配点20)
3父親が土地を売却しようとして揉めた(配点30)
4すき込み(配点40)
<別解>※1,4の各問について、以下の解答も論理的に矛盾がない。
1断定できる証拠はない(配点10)
4泥酔(配点40)
(ヨコミゾの解説)
田畑の一部だけ手入れをやめている現場は、農地転用の絡みでたまに見るね。
売却予定地だけ綺麗に残されているから、素人目でも勘が良ければ違和感を覚えるはずだよ。
とはいえ、この事件については都会に住んでいる君には少し相性が悪かったかもしれないな。
p.s.別解を導いた君は、余程のひねくれものか、それとも余程の善人かな? 間違いではないけれど、そんな答えでは推理小説は成り立たないよ。
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