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(後)
「ふーん、趣味のいい部屋だな」
俺はベッドから部屋の中を眺めた。
室内はバスルームと同様、モダンなモノトーンでまとめられ、男同士で泊まっても違和感がない。部屋が広いので料金は高いのかもしれない
。
「風呂場だけで二時間以上もセックスしていた方がおかしいんですよ。しかも表と裏一往復も」
榊原はほんの少しむくれていた。指先で頬を撫でてやる。
「何だ? そんなかわいい顔して」
「新人の時は、そのネコ扱いもうれしかったですけど、今はちょっと」
俺はくすくす笑って肩を抱き寄せた。
「すまないな、根っからのタチなもんで」
榊原は腹の底からのため息をついた。
「わかってますよ、特別にいい思いさせてもらったってことは。約束は守ります」
ベッドを抜けると榊原はiPhoneとiPadをバッグから取り出し、戻ってきた。俺の目の前で確認をとりながら画像を消していく。更に俺は指示した。
「『最近削除した項目』からも削除」
かなわないなぁと榊原が言いながら、削除する。
俺はほっと息を吐いた。
「これで取引完了だな」
「ねぇ、信田さん」
デバイスをガラステーブルに置いてベッドに戻った榊原が、顔をのぞき込んできた。
「セフレのこと、考えてくれません?」
「飢えてんのか?」
「パートナーの拘束感が嫌になったんですよ」
「小林さんがはずれだっただけだろ?」
「当分、はずれは引きたくないです。特にやたらと干渉してくるくせに、自分は浮気するような相手はね」
その点、俺は嫉妬もしない。追いかけもしない。
「惚れたら終わりの関係だぞ」
榊原は俺の顔の両側に手をついて、唇を求めてきた。舌を絡め合い、流れてくる唾液を飲んでやる。
「もう惚れてますよ、男としてね。どうすればそんなに格好いいのか、側で学びたいんですよ」
一人に決められない駄目人間だと俺自身は思うがな。
「ただのセフレとして見てくれていいです。俺もそのつもりでいますから」
なし崩し的にセフレの関係ができあがってしまった。
さっそくもう一度榊原の体を求めた。上にのった榊原が腰を上下に振りながら自らの奥を責めている。
「それにしても、どうして、あの坊やを、助けたんです?」
切れ切れの問いに俺は首を捻る。
「坊や?」
「あの、高校生、ですよ」
「助けて、ないぞ」
上下を入れ替わって、榊原を追い詰める。
「ああ、イく、もう、あっ」
榊原の腹に迸りが飛んだ。それをティッシュで拭いてから、俺も榊原をひいひい言わせて上り詰めた。
二人でまた風呂に入りながら、伸ばした体を抱き合い、寄せ合っていた。
「俺はただ、単純に電車の中で痴漢するのは楽しいのか、痴漢を痴漢するのは面白いのか知りたかっただけ。高校生は勝手に逃げたんだよ」
ええーっと榊原が言った。
「あの坊や、絶対信田さんに惚れましたよ」
「まさか」
「熱い目で見つめてましたもん、トイレに行く信田さんの背中を」
俺は額に手を当てる。
「電車変えるか」
「坊や、がっかりしますよ」
「正義の味方が実は変態、の方ががっかりするぞ」
榊原が笑った。
「確かに」
見詰め合って笑うと、一眠りして疲れた体を癒やしてから、ホテルを出た。
車の中で榊原に訊かれた。
「夕飯どうします?」
「牛丼」
「気持ちいいくらいの即答ですね」
俺はにやりと笑った。
「やめとくか、セフレ?」
「やめませんよ。いずれその口に野菜も突っ込んであげますからね」
牛丼屋へ寄って晩飯を済ますと、レンタカーを返した。それから電車で俺の最寄り駅へ向かう。
「今日はよかったです」
揺れる車両の中で、榊原が耳打ちしてきた。
「お前もな」
「光栄です」
声を抑えて笑い合う。
電車が駅に着いた。
「お疲れ様です。また明日」
「ああ、お疲れ様」
本当に疲れたぞ。
俺は、車両の中の榊原に片手をあげ、去って行く電車を見送った。
もう俺は朝楽しんだ痴漢の感触も、少年の顔も曖昧になっている。セフレの件だって、俺から呼び出すことはそうはないだろう。
明日になればいつもの紺色のスーツで、何食わぬ顔をして電車に乗り、会社に行くのだ。
俺はただの会社員だからな。
――了――
おまけに続く
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