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「何でお前、そんなことしてんだ? 見たところ家庭環境が貧しいって感じではなさそうだが」
静かな物言いで老人が尋ねてくる。自分はこれからどうなるのか、警察にでも突き出されるのだろうか、様々な考えが脳裏を過ぎるが、当然こんな姿を見られては弁明の余地もない。彼の顔色を窺いつつも少年は、老人に自販機の下を覗いた理由を包み隠さず話した。
しかし全てを話終えると老人は、何を思ったのか徐にズボンの後ろポケットから小さな小銭入れらしきものを取り出し、その口を開いた。
「なるほどね。で、いくら欲しいんだ?」
「えっ?」
唖然とする少年。彼には老人の言葉がすぐに理解できなかった。
「金が欲しいんだろう? なら俺がやるよ」
「そ、そんな、もらえないよ」
もちろん少年は、両手と首を振って断った。何せ相手は見知らぬ老人、五百円と言う大金を貰うことなどできるはずもない。ましてやこの老人にも孫がいるかもしれないと考えると、罪悪感で押し潰されそうになった。
しかし老人はその姿を見て、何度も言わせるなと言わんばかりの口調で顎を突き出す。
「何言ってやがる。今の時代にガキがそんなことしてる姿を見る方が辛ぇよ。さぁ、いくらいるんだ、早く言え」
「ご、五百円……」
悪いとは思いつつも、言われるがままに少年は金額を伝えた。すると老人、「結構高額じゃねぇか」とぼやきながら小銭入れから百円玉を三枚と五十円玉を一枚、そして十円玉を十五枚も取り出した。
その貯金箱にでも入っているような枚数の小銭を渡された時には少年も驚いたが、それ以上に感謝の念でいっぱいになった。もちろん、財布の中の小銭もいっぱいになった。
「もう二度とこんなことすんなよ坊主。じゃねぇと父ちゃん母ちゃんが悲しむからな」
「う、うん! おじいさん、ありがとう!」
老人への感謝の言葉を述べた少年は、自身の自宅への帰路を走っていった。その背中を小さくなるまで眺め続けた老人は、少年の姿が見えなくなると溜息を漏らすようにポツリと呟いた。
「こう言うのをするのは、俺だけで十分なんだよ」
老人は空っぽになった小銭入れを眺めて、大きく首を振る。無論、先程の勢いで渡してしまった五百円への未練を断ち切るためだ。勢いで渡してしまったものの、先程の金は今日の食費に充てるつもりのものだった。
「生活保障だけじゃ苦しいからな」
痛む腰を押さつつも、老人は腰を屈めて自販機の下へと顔を覗かせた。
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