春の宵

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「春」と言われて多くの人が、思いつくものは桜だ。僕が春と言われて1番に思いついたのも「桜」であった。桜とは、日本を象徴する花である。また、美しい花を付けた後、自ら散っていく。儚さの中にある美しさを表す花、桜。僕が出会った「桜」も同じだった。いつも、いつまでも一緒にいられるとおもっていた。しかし、彼女は突然いなくなった。いや、これでは語弊がある。彼女は存在する。だが、彼女の中の「桜」はもういない。 僕は長谷匠。夕凪高校2年、写真部の部長である。先輩が引退した今、僕を含め部員は2人。写真部だけあって趣味はもちろん、写真を撮ること。しかし、風景写真専門だ。なぜなら、人間を撮るのは好きではないからだ。泣いたり、笑ったり、怒ったと思いきや、それはただのフリであったりと、彼らを撮り終えた後の疲労、撮影中の配慮、声掛けをしなければならないことが心底嫌になる。こんなことを言うと、人と関わることが嫌いなコミュニケーション障害かと思われるかもしれないが、別にそういう訳では無い。普通に友達もいるし、それなりにクラスメイトとも関わっている。過去に何か闇があったかと聞かれると…となるが、まあそれは人並みのいじめを受けただけなので気にしないようにする。 僕のことはこれくらいにしておいて、次にもう1人の部員を紹介しておこう。彼女の名前は金川たくみ。腐り縁という言葉通りの保育園からの仲であり、家も真向かいで小中高と同じ学校同じ部活。とっておきは名前であろう。ここまでくると、何かの糸で結ばれているんじゃないかと思うが、見事に何も無く17度目の春はやって来た。僕の一人称も「僕」だが、なんと彼女の一人称も「僕」なのだ。そのため、クラスでのあだ名は僕ツイ。(=僕ちゃんツインズらしい) 彼女は黒髪のショートヘア。顔のパーツもはっきりしており、彼女が笑うと、桜の花がふわっと揺れるような可憐さがある。その笑顔を見ていると僕はなんだか幸せな気持ちになった。それもあって、僕は彼女のことを密かに「桜」と呼んでいた。(以下彼女のことを桜と呼ぶことにする) 僕と桜とで、写真部の活動として、春らしい写真を撮りに行った日のことである。鳴滝山に登ると、山桜が今年も美しく咲き誇っていた。僕は見とれて、シャッターを夢中で切っていたときのことだった。 「僕、君のことが好きなんだ。」 桜はいきなりそのフレーズを僕に放った。僕は驚きを隠せず、聞き間違えかと思い、 「…ん?!今なんて?」 と言った。すると、桜は 「僕じゃダメかな?」 と言った。そのとき、僕はどこかでそれを期待していたのかもしれない。しかし、今の何気ない日々がこのまま続いてほしいとも思った。こうやって、2人で男女の友達として出掛けるのも、楽でよかったのだ。それもあったからか、僕は黙りこくってしまった。すると、桜は何かを察してぎこちなく笑って言った。 「ごめん。取り消す。だからこれからもこのままでいよう。」 と。それから普通に話しかけてくる桜の顔をちゃんと見ることができなくなった。 そうして学校でも部活でも普通に話すが、僕が桜の顔を見て話かけるようになる頃には、彼女からあの桜の花が咲き誇るような笑顔が消えてしまった。笑っているのに、笑っていないような、どこか穴が空いてしまったような顔をさせてしまうようにしてしまった。 今でも桜自身は僕の隣にいる。けれど、桜のような彼女の笑顔はあの日のあの丘に置いてきてしまったようだ。
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