幻想檸檬色

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 割れた時計の文字盤が、朝靄に溶けていた。 どうして、こうなったんだろう。 「咲」 私を招く声がどこかでする。 返事をしようとして、すっと新しい息を吸う。 あ。 鼻先をくすぐる、春先の香り。 ころりと丸みを帯びたレモンが、心の中で広げた手のひらに転がり込んでくる。 爪先からきゅんと震える感覚。 誰かに耳元で囁かれているような、くすぐられているような、幼い頃の戯れにも似た感じがする。 それから――最後に嗅いだ香りにちょっとだけ近い気もする。 ほんのりぼやけるの手のひらの上で、レモンはその冷ややかさをそっと身体に伝えた。 指先で弾けば、ぱちんと破裂してそのまま全てをレモン色に染めてしまいそうだ。 きっと内部には、太陽の光と初夏の匂いを詰め込んだ、透き通るビーズを秘めて、輝く瞬間を今か今かと窺っているいるんだろうな。 鼻に押し付けられたレモンの匂いは、あの時みたいにほろ苦くて息が詰まるくらいに強烈だ。
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