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10号車
昇降口に立っている老紳士の肩を掴んで揺すぶりました。
枯れ枝かという程にあっけなく倒れ込んで床に手をついた紳士は
「私が憎いですか」
「ええ。憎い」
「私が消えてしまえばいいですか」
「殺してやる!」
「ここでそれは無理でしょう。直ぐに掴まって刑務所。あなたのお母さんはどう思うでしょう」
「!!」
「提案があります。蓋を閉じてください」
老人はトランクを開けました。
はあ??
トランクの中は真っ暗な夜です。
星がチカチカしています。
そこに老人は足を片方づつ入れます。
ずんずん姿が中へと沈むのです。
トランクの縁を掴んで中を覗くと老人の帽子だけ。
お願いしますー蓋を!蓋をぉ!
これからはあなたのトランクです、蓋を蓋を………
それとこの鍵をかけて下さい。
早く!!
反射でいわれるまま眼を瞑って
トランクを閉めてその上に正座しました。
どうなてるとか思考は停止。
「あのどいてもらえません?」
人の声にハッとして立ち上がりトランクを持ってさがります。
「ど、どうぞ」
ちゃらちゃらちゃらちゃらららん……到着のアナウンスが流れます。
新幹線が停車して二人のサラリーマン風が降りて行きました。
―――白十字高原駅―――
席に戻りました。
トランクを抱えて座りました。
温かい。
革張りだったせいでしょうか。
そんなでもないですけど人肌の温もりを感じます。
こうしていると段々落ち着いてきます。
安心です。
老人を殺したわけじゃない。
そうだ。
ただ望みを叶えてやったんだ。
この妙なトランクに入りたがってた。
ポケットにある鍵が重たい。
目覚まし時計
スーパーマーケットの賞味期限長い食パン
背広
靴紐
改札
新聞
タイムカード
白い眼
無視
無視
無視
靴ベラ
不味いお茶
ぺこぺこ
一人の缶ビール
柿ピー
シマイ風呂
畳み
布団
目覚ましセット
日常世界が静かに音もなく崩れてゆきます。
眩暈と宇宙を漂う浮遊感にうっとりです。
トランクにヒシとしがみ付きます。
いいえ。
トランクが私にしがみ付いているんです。
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