2号車

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2号車

「なにか?」 「え。いや。あの。今、今。あれ?それは?」 ……考え過ぎだよ堀江君…… 老人は大きなトランクを抱えていました。 革張りで色とりどりのステッカーが貼ってあります。 どれも擦り切れていました。 幾度も外国へ持っていったのでしょう。 色あせてくたびれ加減がなかなか味を出しています。 「なんで膝に?重いのではないですか?」 苦笑いの老人は細長く白いあごひげを触りながら「お恥ずかしい。いや。驚かれたでしょう。実はこれは孫娘の形見でして。 孫は四歳の時船から海に落ちまして。 溺れかかった孫にこのトランクを投げました。 中身をぶちまけてね。 一回だけ手を掛けられたんです。 でもまあ随分荒れた日で。 孫も小さい。 沈んでしまってこのトランクだけが残ったんです。 こうしているとまるで孫を抱っこしているみたいで。 いやあ。年寄りの酔狂ですな。 可愛いやつでした。也哉子といいます。 『ややこしやあ』なんて自分の事を」目じりに光る涙を慌ててハンカチで押さえます。 僕は今すぐ墓穴があったら入りたい心境になりました。 多分余程の事情があるに違いありません。 それを察するのがオトナというもの。 「すみません!お辛い話を。 こっちもハンカチを取り出して顔や首の汗を拭きます。もうぐちょぐちょ。 「こんなやり取りにもう慣れました。 行きずりの方に孫娘の話を聞いてもらうのは慰めなんです」 ちょっとだけ感動しました。。 うねる黒い海原。 トランクにかけた小さな白い手が滑り落ちてゆく映像が浮かびました。 非日常の世界が広がったんです。 映画館から出てきたばかりの時のような感覚です。 あれれ?また疑問にぶつかりました。 老人の座席トレイには二個の紙コップがあります。 ひとつカラでひとつは冷めてゆくままにして置いてあります。 飲まないの?? 全く私は疑問に弱い人間です。 考えると考えて考えて答えが出ないと、もう落ち着きません。 クイズ番組は一切観ません。 解からない問題があれば回答がでるまで悶えます。 その他でもテレビで判らないことを放送していたら調べまくります。 ネットでも辞書でも書籍でも。 それでも解らない時はテレビ局に電話です。 対応してくれる局もありますが足蹴にされるところもあります。 勿論そんなところには『脅迫状』なんかを送ります。 イタズラです。 だってそうでもしなければ僕の苦悩と合わないでしょう? 老人に尋ねようか?でもそんなことどう切り出すの? どうしよう。どうしよう。 また汗が吹き出します。
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