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3号車
「珈琲、お好きなんですね。二杯もお飲みになるとは。新幹線で飲むからかなあ。なんか結構いけますよね」
老人の苦笑い第二段。
「いや。いや。これまたお恥ずかしい。
不思議に思われたのも仕方ない。
ひとつは孫娘のものです。供養にと。
珈琲を飲むときにはいつもこうします。
あの子は大人のすること真似るのが大好きでせがむんです。『ややもこーひーのめるよ』って。
少し飲ませてやると取り上げられるのが解ってしまって、鬼ごっこが始まります。転んで泣いてもカップを離さなかった時はみんな笑いました。
家内もあのころは健在で」
仕立てのいいジャケットの内ポケットから薄い眼鏡ケースを出してかけていた眼鏡を丁寧に拭きだしました。
もう、私はここで老人に殺されてもいいと思いました。
何て不調法な馬鹿もんなんだ!
「申し訳ありません。さっきから」
「いいえ。こちらこそ湿っぽい話ばかり。ちょっとヴィフェで腹ごしらえして来ます。お昼がまだでした。このトランクみてて頂けますか」
「ええ。どうぞ。どうぞ」
ホッとしました。気まずい沈黙に陥らなくて済みました。
それも老人の気遣いだったのかもしれません。
また新聞に戻ります。
「ああ。目が痛い」ずっと活字だらけでした。
窓に身をもたせていると、うとうとしてすっかり眠り込んでしまいました。
がやがや煩い周りの声に目が覚めました。
黒い影の世界が広がっていました。
大勢の黒い背広ネクタイ。
黒い着物姿の女たちが、かさ張る同じ紙袋を持っています。
葬式の帰りか。
うううう……!!
あれって棺桶か?まさかね。
時代劇に男が前後を担いで人を運ぶ『かごや』ってありますよね。あんな感じで丸い大きな桶を男二人が担いで入って来たのです。
棺桶は全部長方形じゃない。
樽型の座棺というのがあります。中で仏様は座った形で入るスタイル。
いくらなんでも棺桶を新幹線に持ち込むなんてあり得ない。
大体あれって一人分のチケット要るのかよ。
ハハハ。
ああ……疑問に弱い人間です。本当にあれ棺桶かもしれないじゃないですか。だって。その他といったら何があるっていうのか?
ずっと後方に持って行かれ三列シートの上につっかえる様に置かれています。
黒い服の男女は弁当を開けて食いだしました。ひとしきりがやがや喋ったりお茶を飲んだりした後には、一斉に昼寝しだしました。
一糸乱れぬ、物凄い団体行動。
今なら座棺を見学に行けるでしょう。周りには誰もいないし関係者はぐっすり眠りこけてます。
そろそろと通路を歩き前まで着くと一目で本物だと判りました。
「これ、ちょっと紐を解いたら蓋ずらせるかも」
全く非常識の極み。
でもこれが僕です。
ズズズ……
「ぎゃああああ!!」
腰が抜けた。
薄い紫の蝋の色の顔の小柄な老婆が白装束で目をつむり座っていました。
―ーーなんで!?なんでだ。
腰を抜かして思いっきり床に尻も背中もぶつけました。
しなびて壊れそうなミイラが目を瞑っています
ーーーそれは間違いなくお袋でした。
でも。まさか。まだ生きてますよ。田舎で兄貴夫婦と孫と平和に暮らしてます。死んだなら知らせが来ます。
似ているだけでしょう。
腰が抜けました。
ほんの数人客がいる車内は陽炎の中。
くらくらと眩暈です。
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