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5号車
―――考え過ぎだよ、堀江君……
そうです。
考え過ぎです。
新聞を開いてまた読み始めました。
全く集中できない。
字面を追っているだけで何も頭に入ってきません。
「鬼さん!めっけ!!」
うわああ。
戻って来ちゃった。
さっきの浴衣わらしが帰って来ました。
「さがしにこないおにさんはーくびをきられて、かまゆでだ~かまゆでだ~つちにうめてはもらえずに~からすのえさになちゃった~なちゃった~」
「随分、ぶっそうな歌だね。どこでおぼえたの?」
「ややちゃんのおじいちゃんが教えてくれたよ。ほんとはね。からすになんかたべさせない。みんなでたべるの。おいしいの」
嫌な気分です。
小さな子供の口からでも聞きたくない。
「君ってさあ。ややこちゃんていうの?ややこしやーの」
きいいいいいいいいいいィ!!!
急に少女は自分の両耳を手で塞いで蹲りました。
「な、何々?!どうしたの??」
慌てました。周囲の客はもう遠慮なくこっちを伺って来ました。それも仕方ないでしょう。こんなおっさんと、美少女の組み合わせは危ない関係しか思いつかないでしょう。
まさか老人の語っていた孫娘が地獄の底から蘇ったわけでないでしょう。
死んだ孫娘は確かに死んだのですから。
でも引っかかるのです。
―ーー也哉子
そんな発想をするなんて普通じゃないですよね。
全く考え過ぎなんです。
かつての友人の言葉が蘇ります。
「考え過ぎだよ堀江君」
特に学生時代は酷かった。
『ステンキー』というあだ名がつきバカにされました。
それは「ムーミン」に出てくるへそ曲がりの哲学者です。
でもその考え過ぎの能力で教授直々にお褒めの言葉を賜るレポートを書いてみんなをあっと言わせたことだってあったのです。
いつかITの会社を独力で立ち上げてやる。このオレ様を見下していたあいつ等をどうしてもっていうなら雇ってやってもいいだろう。絶対に成功者になってやる!!心の中で叫び続け四年間過ごしました。
でもね。
世の中って広くて厳しくって甘くない。
普通に就職するのさえやっとこやっとこ。
具体的に会社を創るというのは「金」とか「人脈」とか「強運」が必要だった。僕にはどれもこれも無縁。
唯一、成績は良かった。
でもね。
会社の人事の人って、協調性とか大事にするんです。
僕には四年間一人の友達もなくゼミ以外どんな団体にも属さなかった事をあれこれあれこれ突いて来ました。
それで今の食品会社の営業マン。
それで今この新幹線。
それで今この妙な状況。
まあ『妙』というのは良い兆候かもしれません。
日常に飽き飽きしていましたから。
これから面白い非日常の世界へでも迷い込んでみるのも乙なモノでしょう。
さっき買っておいたビールの缶を開けました。
ゴクゴク喉を通って五臓六腑にアルコールが染みわたります。
なんだかとっても愉快な気分。
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