6号車

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6号車

やたら纏わりつく妖女が隣の席にちょこんと座りました。 「ねえ。こーひーのみたいよお、おじちゃんかってかってええ」 なんかムカつく。 どんな縁でこの子に珈琲買うんですか?それに飲めないだろうに。 ふん。 口を突いて気紛れな言葉がでてきました。 「ねえ。ややこちゃん。お舟から落ちた時のこと憶えてる?記憶残ってる?」 そう尋ねた瞬間です。 大きな瞳を極限まで大きく見開いて、 きいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!! 小さな身体のどこにそんな力があるのか凄まじい金切り声をあげ両手でほっぺを押さえて前の車両へと走って行きました。 何なんだ変な子供だ。 あああ。 また周囲の注目を集めてしまいました。 五分もしないうちに車掌が飛んできました。 「あなたですね。少女と一緒だという男は。通報がありました。怪しいと。どこですか?その子供は、泣いていたって」 完全に変質者の犯罪者扱い。 「知りませんよ。僕は今あなたを呼びに行こうと思っていたんですよ。勝手にやってきた子供が僕に纏わりついてきました。いい迷惑です。早く親の元に帰ってもらいたいと思っていたんです」 憮然と言い放ちました。 「どんな服装でしたか?」 「紺色の浴衣に黄色い帯です。あのね。追っかけたら?前の車両に走っていきましたよ。前は四両しかないんだから今から走りなさいよ。 迷子の届け出はないんですか?山手線じゃないんだから。直ぐに見つかるだろうけどね。親は昼寝でもしてすっかり子供なんかほっぽているんでしょうけどね」 嫌疑が晴れたのが解りした。 車掌の顔つきが変わりましたから。 急に声を落として気持ち悪い事に耳元に囁いて来ます。 「実は、車内から何かが外に落ちたのを目撃したという人が何人もいるのです。それぞれ意見が違うのですが……もしやその子供じゃないかと私は思うんですよ」 「あり得ないでしょう、車掌さん。考え過ぎですよ」 自分でこのセリフを誰かに言うとは何て愉快なんでしょう。 「ああ、誰か非常用のコックでも開けて落としたんですかね。なんか非常ベルとか鳴らないんですか?新幹線の造りなんて分からないけど」 頻りに恐縮がって「そうですね」を繰り返す車掌。 「あなた。この職に就いて何年?」 「はあ。二年目です」 ハハハハ思いっきり笑います 「やっぱりね。新人さん、私は今の営業部に十六年います。 お陰で人相というかである程度判断できるようになりました。 日々勉強ですよ。 いやいや。こんな説教迷惑ですね」 もう僕は有頂天です。 だって、目の前の車掌が汗だくになってぺこぺこ。 勤続16年なんて嘘です。 5年目です。 ハハハハ…… 『それにしては若く見えますね』とかツッコめよ!! 自分より目下は執拗にいじり倒します。 だって自分がそうされてるから。 こんな機会は見逃しません。 ハハハ……バカみたい。 ほんとバカだ。
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