7号車

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7号車

「山本さん!ここか。早くこっちこっち」 白い制服が車掌を探しに来たようです。 こちらに一礼すると二人は前の車両に行ってしまいました。 何か問題が持ち上がった様です。 置いてけぼり。 まあ。もういいです。 暫く静かに新聞が読めます。 ひとつ事に集中するのは得意です。でもそんな長所が裏目に出る事が多かった。 この時もそうでした。 最悪の事態にパニックです。 だって無いんです。 預かった大切なトランクが消えているんです。 何で気づかなかったのか不思議です。 隣の席に座るようにあったはずなのに。 盗まれたとしか考えられません。 でもそんなに新聞に集中していたでしょうか? 慌てて座席の下や在るはずもない網棚など調べましたがどこにも無いんですから。 隅から隅まで見て回りました。盗まれてもあの大きさです。もしかしたら眼に入るかもしれません。 もう必死でした。 どくどく汗が噴き出して気持ち悪い。エアコンで汗が冷えてもうぐたぐたです。 そうだ!!右往左往した挙句に気づきました。 もうここまで来たらあの老人に報告……いや、謝らなくては!! 元の席に戻ると老人が座っているのが眼に入って直ぐさま土下座しました。 「すみません!失くしました。あなたの大事なトランク。みててくれと言われたのに、すみません。どうか弁償させてください!!」 数秒時間が流れました。 車窓の景色も一緒に流れて行くのを感じるくらい流れました。 「いや、いや。こちらこそすみません。あんまり熱心に新聞を読んでおられたので声をかけずにトランクは持ってヴィフェに戻りました。やっぱり一緒でないと不安でしたので。どうかお手をあげてください」 はあ? 流石に僕にも一線があります。 「酷いじゃないですか!一言断ってくれなくちゃ!!散々探したんですよ。解らないじゃないですか!!」 土下座したんです、怒るのは当然です。こんなに誰かに怒声を浴びせたのは生涯初めてかもしれない。 兎に角腹が立ってもうカルデラ火山。涙と鼻水が出てくる。額の汗が眼に染みてきます。 なのになんでしょう? 結構、老人は平気な様子です。この余裕はどこから生まれてくるのか皆目見当つきません! ―――他人はそれほどに思ってないよ。忘れてるよ。考え過ぎだよ。堀江君。 都会暮らしの自分には、老人からもらった温かいコーヒーが心に染みた。老人の人情が本当に嬉しかった。 それなのに不注意で大事な形見を失くした。自分がマヌケだから。必死で探した。土下座した。 何もかも「考え過ぎ」で清算されるのか!! ぶるぶる震えて漸く席に着きました。 もう言葉を交わすものかと新聞紙を広げパティ―ションです。シャットアウトです。 誰にも邪魔されない。誰とも関わらない!誰とも話さない! うざい!うざい!うざい!! 若い子がよくその言葉を使うけれど今の自分の気持ちにぴったりです。
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