1号車

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1号車

……考え過ぎだよ堀江君……それは呪文のような合言葉。 どこへ行っても指摘されます。僕の人格を分析批判をヤラレます。 うんうんと拝聴しているしかないのです。 でもね。 考えて考えて行動しなくちゃならないときだってあるんです。 どうしようもないドツボにハマってさあタイヘン……になったんですから本当に。 その日新幹線に乗って出張に出ました。 ほんの一時間半で着く地方都市に行く予定です。 キヨスクで買い込んだ三誌のひとつをバッと大きく広げて読んでいました。 朝の満員電車と大違いです。新聞を四等分に畳む必要もありません。 脂肪を貯蔵した僕にとって、クリーンで冷房の効いた空間は心地いい。 新幹線は大好きです。仕事中でも楽々のびのび休憩できます。 カシュ― 入口の機械音がしてドアが開き売り子が入ってきました。 「お弁当、お茶、お土産は如何ですかあ~」 様々な土産物や飲み物やらを山積みでこぼれ落ちそうなカートを巧みに押してます。 コーヒーのいい香りが漂ってきましたから、行き過ぎそうになるところを呼び止めました。 「ホットひとつ。砂糖ミルクはいいです」 財布を開けると、こんな時に限って小銭は十円だけ一万円札しかありません。 まあ。ここはプロです。お釣りくらいたんとあるでしょう。何しろここは高い金払って乗っている新幹線ですから。 スッと万札を出しました。 売り子はチャラチャラエプロンの財布を頻りに探ります。なかなか出てきません。 曇った顔。 「相済みません。只今、お釣りがございませんので、ちょっとお待ちいただけますか?」 「いや!いいです!いいんです!どうしても飲みたいわけでも無かったから大丈夫。全然大丈夫。いいから、僕にお構いなく。平気平気。やだなあ。ハハハ」 お姉さんの珍しい虫でも見るような引いた顔。大きく頭を下げてカートと売り子の声は遠ざかってゆきました。 そうですよね。ここまで喋らなくてもいいじゃないか。なんなんだ僕はよお。 後ろの席のカップルがひそひそ始めました。 きっと『カッコ悪っ』とかそんなとこでしょう。ちぇ。派手な服。最悪な趣味だ。 ふん。 また新聞に戻りました。 「どうぞ」 いきなり耳近くで声がしてバサリと新聞をさげました。 いつからいたのでしょう。隣に老人がいました。ツイードのジャケットに共衣の帽子を被った上品な紳士といった風貌です。 「よかったら」と手を差し出す先に、湯気のたつ紙コップの珈琲が置いてありました。僕の座席トレイの上です。 微笑した目じりには沢山のしわが刻まれ優しい人柄が溢れています。 「あ、ありがとうございます。お礼を。お礼。お金を払いますから」 「いいんです。いいんです。どうぞ。お近づきのしるしに」 ほとほと自分の無粋さが嫌になりました。こんな温かい粋な親切の値に金を渡そうとするなんて。それに一万円札しかないじゃないですか。 冷房が段々きつくなってきたところでした。熱い珈琲の温かさが体の隅々まで染みわたり肩の凝りまでほぐされる思い。 また暫くは新聞に戻りました。何しろ三誌あるし。読者投稿の川柳なんかも全部読みます。 えええ!! トイレに立とうとしたとき、思わず大きな声を出してしまいました。 隣の老人が浴衣姿の幼女を抱っこしてました。 いつの間に!?
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