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「なぁ、何処か。ここじゃない何処かへ、一緒にいかないか」
ぽつり。まるで溜息を付くかのように吐き出された言葉に、自然と視線が引き付けられる。
「何処かって、僕は……」
口篭る僕に、涼汰はいつも通り明るい笑みを浮かべいった。
「冗談だよ。冗談。俺だって学校があるし、親に心配かけるし」
「そう……」
答える声に反応したかのよう、ベッドが軋んだ。
立ち上がった涼汰は、鞄を持って帰るという意思を示す。
「ごめんな」
期待に添える言葉が見つからず吐き出した謝罪は、その顔を曇らせたりしなかった。
しなかったけれど、僕の胸は居心地の悪さを増していく。
「葉月」
優しい声だった。
「またな」
そっと振られる手、振り返して頷く。開いた扉が閉じて、部屋には静寂が戻った。張り詰めていた糸がぷつりと切れ、背中をベッドに預ける。
部屋に引きこもり外に出られない僕と、それを心配して様子を見に来てくれる唯一の友達。
こんな日々がいつまで続くのだろうか、ぼんやり天井を眺め息をつく。
永遠と続きそうなひきこもり生活が案外容易く終わってしまうものだったのだと、思い知らされるのは直ぐのことだったのだけど。
その時の僕はそんなことなどつゆ知らず。投げ出した手に触れた本を手繰り寄せ、そっと開いた。
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