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息をするように愛してる。
「――周くん?」
その聞き慣れた声に、レジを打つ手がピクッと反応する。店内には流行りのJ-POPが流れているのに、彼女の声だけが鮮明に聞こえた。
合計金額を告げる時に顔を上げると、彼女は目を見開いた後、柔らかく微笑んだ。
長いまつ毛、チークが乗った頬、薄くリップが引かれた口元。軽くウェーブしている茶髪は、ハーフアップにまとめられている。
凄く綺麗だ、と俺は息を呑んだ。
「やっぱり周くんだ。久しぶり」
「……華咲さん、ですか」
「誰だと思ったのさ。周くんは見た目も中身も変わってないみたいだね」
「華咲さんは高校の頃と比べると……少し変わりすぎだと思いますよ」
「まあ、確かにねぇ」と彼女は苦笑しながらカードを差し出す。
あっけらかんとした様子、手が白くて華奢なところ、あの頃と全く変わらない。
でも髪色が明るくなって、バッチリ映えるメイクもして、マニキュアも付けている。
社会人になった彼女は、既にスーツも着こなしているようで、あまり違和感がない。
最後に会ったのは、5年前の卒業式だっけ。
高校の卒業式とか懐かしいな、なんて感じながらレシートを渡す。
自分が卒業する時より、華咲さんが卒業する時の方が記憶に残っている。
体育館にかけられた紅白幕、校長の長ったらしい話、後ろで響く吹奏楽部の曲、反響する拍手の音、桜が咲いていない木々。
華咲さんが、静かに泣く姿。
東京へ行くと決めた彼女は凛としていた。
だが俺には、ありふれた彼女との未来が、一気に遠ざかって遮断されたみたいだった。
余裕が無くて周りが見えなくなっていた俺は、彼女が卒業する時に――。
「もしかして、5年前のこと思い出してる?」
俺はギョっとして思わず退いた。
心を読まれたのか、察しが良いのか。
彼女は小悪魔のような瞳で、俺をまじまじと見つめる。形の良い唇、宝石のように輝く瞳、華咲さんに見上げられたら心臓に悪い。
焦るな焦るな、落ち着け自分。
もう彼女とは過去のことだ。5年も前の話だ。
同じ高校の先輩と後輩、そういう関係。
彼女の方は、もう清算済みだろう。
それに比べて、俺の方は――。
「別に、思い出してなんかいませんよ」
「……ねえ、シフト何時まで?」
「え、もうすぐで終わりますけど……」
そっか、と彼女は呟き、キョロキョロ周りを見渡す。そして「じゃあイートインスペースで待ってるね」と言って商品を受け取った。
俺が思わずレジのカウンターから身を乗り出すと、彼女はヒラリと手を振っている。
小指の指輪が、店内の照明に反射していた。
その輝きが、彼女の愛されている度合いを表しているようで、どこか悔しく感じた。
「シフト終わったら、夜桜見に行こーよ」
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