最後にもう一度

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最後にもう一度

 たぶん夢を見ている。  目を閉じたまま足をパタつかせて、きっと走っているんだろう。  この子は走るのが好きだから。  このまま遠くへ行ってしまうのだろうか。  それはとても寂しい。  そして悲しい。  せめてもう一度でいいから、戻ってきてほしい。  ひろい、ひろい、ひろいばしょ。  いままでみたことのないばしょ。  ぼくはそこをずっと、はしっている。  ぼくのともだちはどこにいるのかな。  おいてきちゃったかな。  さきにいってるのかな。  もしあえたら、いっしょにはしりたい。  ボールをなげてほしい。  そしたらじょうずにキャッチするから。  ともだちはどこにいるんだろう。  ずっとはしっているのにみつからない。  でも、ずっとはしっているのにつかれないし、おなかもすかない。  だからもっともっとはしろう。  そうすればきっとともだちにあえる。  呼吸は穏やかで眠っているようにしか見えない。  ゆっくり触れて、優しく撫でる。  初めて触った日のことは今でも覚えている。  柔らかくて、暖かくて、いっぺんで大好きになった。  それから今まで、ずっと一緒だった。  笑った顔も、怒った顔も、悲しそうな顔も、たくさん見た。  ずっと続くと思っていた。  いつか終りが来るって、言葉だけでは知っていたけど。  でもそれはまだずっと先だと思っていた。  何度抱きしめたか、覚えていない。  何度一緒に走ったか、覚えていない。  ほっぺたを引っ張って、変顔にさせたこともある。  それがもうできなくなると知ったとき、まだ全然足りないことに気がついた。  後悔した。  もっとたくさん一緒にいたかった。  最後にもう一度、もう一度だけでいいから、声を聞きたい。  そう思った。  ともだちのこえがきこえた。  どこかでよんでいるこえがきこえた。  でもどこからきこえるのかわからない。  すすんだほうがいいのかな?  もどったほうがいいのかな?  たちどまってくるくるまわってかんがえた。  そしてぼくはきめた。  おうちへもどろう。  ともだちはそこにいるにちがいないから。  ふりかえるともときたみちをはしる。  からだはかるい。  スピードもぐんぐんあがる。  これならどこへでもいける。  ともだちのところへ、すぐにたどりつける。  ほら、ともだちのこえがおおきくなってきた。  きっともうすぐ、みえてくる。  目が開いた。  体を起こそうとしているが、もうその力はないみたいだ。  私はすぐそばに座って顔を覗き込む。  その瞳に私が映る。  でもそれはもう白く濁っていて、なにも見えていないらしい。  それでも顔を近づけると、舌を出して優しくなめてくれた。  そして一回だけ、大きな声で吠えた。  そのまま、まぶたがかすかに痙攣して、閉じた。  それっきり動かなくなった。  ほら、やっぱりともだちがいた。  さいしょにであったときからぼくたちはずっといっしょだった。  だからそれはこれからもおなじだ。  さあ、いっしょにはしろう。  ぼーるをなげてくれてもいいよ。  もういちど、あそぼう。  ぼくはいちばんげんきなこえでほえた。  でも、すこしだけ、つかれたかも。  ありがとう、私のところに来てくれて。  ありがとう、ずっと一緒にいてくれて。  ありがとう、最後にもう一度、戻ってきてくれて。  さようなら。
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