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 俺は会社の屋上に立っていた。これは前の記憶なのか。屋上自体には、滅多に使われない倉庫や憩いの場としてのベンチくらいしかない。そこをオレンジ色の光が照らしている。階段から落ちたはずなのに、なんでこんなところにいたんだろうか。俺は柵に肘をつき、遠くを眺めた。大小様々なビルが立ち並び、明かりが灯っている。ふと、俺はポケットの中に紙が入っているのに気づいた。ポケットから取り出し、紙を広げると短い文が書かれている。  いさむ先輩へ  あなたに伝えたいことがあります。  屋上で待ってます。  俺は声を漏らした。告白されたことはあるが、社会人になってから、青春漫画のような告白を受けていたとは。そのワンシーンを想像し、笑みが溢れる。我ながら気持ち悪くなって口を押さえた。こんなのイタズラだろう、という以前に誰からなんだ。そのヒントを探すため、裏を見たり匂いを嗅いだりしてみる。手紙からは少し甘い匂いがした。でも、お菓子や花じゃなくて・・・・・・煮物?  考え込んでいたそのとき、突然誰かに太ももの辺りを掴まれた。そして、柵を支点に持ち上げられ、俺は呆気なく屋上から投げ出された。  一瞬で屋上は見えなくなり、逆さまの自分が会社の窓に映る。さらに、回転していき正面には夕焼けの空が見えた。目の前が空ということは、背中には・・・・・・。その空が遠くなっていく。ジェットコースターを反対に乗っている気分だ。その速度が上がっていき、抜ける風の音も激しくなる。この感覚は階段から落ちたときと同じだ。俺は階段からではなく屋上から落ちていたんだ。 「イサム、イサム聞いているのか」 ヒネーテに小突かれ、現実に引き戻される。
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