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愛してますよ、お嬢様
私の仕事はお嬢様の執事です。
ふわふわほわほわな貴女は貴族令嬢ですか? ってくらい抜けているお嬢様のお世話は、まず起こすところから始まります。
トントンと部屋をノックすると聞こえてくるのはひよこみたいに可愛らしい無駄な抵抗。
「んぅ……あと半刻……」
と言って布団に顔を埋め、少しはみ出た銀髪がイヤイヤと頻りに振られています。
そんな我儘は勿論無視。合鍵で中に入り、枕元に移動します。
主人の部屋? 知ってますよ、そんなこと。罰したいなら罰すればいい。幼い頃からの日課なので咎める者はいませんがね。
「そんな事されては使用人が困ってしまいますよ?」
呆れながら容赦なく布団をひっぺ剥がすと、うぁあ……と悲しみを込めた抗議が送られてきました。
往生際悪く布団を取り返そうとする彼女の額にデコピンをかまし、額を抑えた彼女――ロゼリア様を睥睨します。
「ヴァンのいじわる」
「意地悪じゃないですよ、これ以上遅くなると学園に遅れます」
「わかってるわよ。そんなこと……ねぇ、今日休んじゃダメ? 体調が悪いってことにすれば、誰も怪しまないわ」
さっきの拗ねたような顔から一転、下から目線で乞うように見つめてきます。
いつも(外では)真面目なお嬢様が珍しい。
寂しそうな姿にネグリジェが相まって何というか、とても――
「……ひよこみたいだな」
こう、無意識あざとい所とか特に。
そんな呟きが聞こえていたのか、なによ! と膨れていつの間に取り返したのやら、また布団を被ってしまわれました。
「貴方だけよ、そんなこと言うの」
「おや、皆様何と?」
「見た目だけの薔薇、孤高のメギツネ、権力だけの憐れな道化!! 私と挨拶もまともにしたことのないくせに何がわかるのよ!!」
ご乱心のお嬢様の衣服を調えさせ、髪を梳きます。
「見た目だけの薔薇というのは合ってますね。お嬢様には薔薇なんて気高い名称より、もっと小動物系が似合いますから」
「それも違う気がするわ?」
「いいや、お似合いですよ? ……檻に閉じ込めて自分のだけのものにしたくなる」
ロゼリア様は最後の方は聞こえなかったのか、頭にはてなマークを付けていました。
そういうトコですよ。
「さて、準備も出来たことですし、行ってらっしゃいませ」
「いや……付いてきて」
「本当に珍しいですね? 今日は。……ああ、夕方から例のダンスパーティーでしたか」
「ん……」
お嬢様はいつもの元気をすっかり潜めて、儚げな容貌で瞳を揺らしています。見た目で判断されやすい我が主は、しかしその真逆の性格で繊細で、傷つきやすい。
本当はここで旦那様を説得し、今日は休ませて林檎の摩り下ろしを食べさせて思う存分甘やかしたいところではありますが、彼女の父は世間体を気にして引き摺ってでも連れて行くでしょう。
本当に娘のことを考えていないクズは困りますね。
「では、今日頑張ったらご褒美をあげましょう」
「本当?!」
途端にぱっと瞳を輝かせて此方を見つめてきたお嬢様に、くすりと笑って答えます。
彼女の心労が少しでも減るように。
「ええ。何でも一つだけ願いを叶えてあげましょう」
「なんでも?」
「ええ。何でも」
何を考えているのか、まぁ! と楽しげに顔を綻ばせる様子は何時ものお嬢様。
この笑顔を守るためならば、国だろうとなんだろうと献上するとしましょうか。
「但し涙は他の人間には決して見せないで下さい」
そう囁くとお嬢様はキョトンと首を傾げた後、花咲くように微笑まれた。
***
「はぁ……」
明日は所謂『悪役令嬢』であるわたくしの “断罪日” 。
お花畑な王太子が何処からか沸いてきた男爵令嬢を祭り上げ、邪魔な伯爵令嬢の婚約者を始末しようという陳腐な茶番劇。
常識的に考えて王家が決めた婚約を破棄なんてされては陛下が黙っていないはずなのだけど……。
一部の協会派が男爵令嬢の裏にいるからか、それとも最近力を付けてきた言動に余る伯爵家を抑えたいのか、不穏なほどに動きが無いと執事に聞いた。
これでは大人の助けは期待できないでしょう。
はあ、ともう一度溜め息をつく。
別に王太妃になりたいのではない。けれど、これで《ロゼリア·ハーバッシュ伯爵令嬢》の名に傷が付く。
それは貴族令嬢にとって致命的なモノだから……。
きっと北区にある潰れかけの修道院か、欲望塗れの汚い中年男性の後妻にされるのが運のつきでしょうね。
そう悶々と考えていたらいつの間にか朝が来ていて。
トントンと軽いノックが響く。
ああ、ヴァンだわ? と思ったら何だか気が抜けて、いつもの慈しむようなくすぐったい瞳でのイジワルに自然と笑った。
この時間がとても愛おしくて、ずっと続いてしまえばいいのにと願うのは罪なのかしらね?
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