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――ソムリエ資格のある彩音にメートルになってもらうのが多分一番いいけど、彩音にはのびのびソムリエの仕事をして欲しい。
ぐるぐると今後のことが頭を巡る。
このまま店が伸びていけば、もう少し人を雇う余裕も出るだろう。
一人は経験者、もう一人は新人でもいい、コミとメートルで二人、後は彩音がいれば店も回せるし、スタッフも休みが取れる。
スタッフを雇う相談は、次のムニュ・デギュスタシオンが終わったら提案してみよう。
ちらっと厨房のドアを見て、帰ろうとした時だった。
「だから、今日はもう帰って休めって!」
怒っていると言うより、諭す声。
閑の声だ。
「そんな時間無いでしょ!
徹夜したかて平気です。早よメイン決めんと……!」
ガン! と、何か大きな音がする。鍋か何かを、遠也が調理台にたたきつけたのだろう。
「徹夜して鈍った舌で作ったもん、
お前自身持ってお客さんに出せんの?」
「味の感じ方には気ぃ遣ってます。
……俺はフレンチ始めたスタート遅いんです。もっとやらんと」
切羽詰まった遠也の声は、いつもより大きい。
何かを生み出し続けることは、それだけで苦しいことだ。だが、最近はそれ以上に遠也は追い詰められていた。
「……遅く始めて、三つ星とったシェフもいるし、
お前は料理人としてのキャリアは遅くないだろ。
無理したって何にもなんないんだから、帰って休めよ」
しばらくの沈黙、僕はもう帰った方がいいと直感的に感じた。
だが、動こうとした足が思わず止まるほどの大声がした。
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