#11

6/6
前へ
/132ページ
次へ
「なんで俺がシェフやねん!  誰でもよかったんちゃうん。 前の店で俺がどんな扱いやったか知ってるでしょ」 「大事な店任せる相手が、誰でもいいわけねぇだろ」 「俺が一番足引っ張ってるやないですか!  最初の吉澤言う客かて、味のことは言うてへんかったけど、 それでも、俺の料理がもっと旨かったら、 あんなこと言わせんで済んだかもしれん。 ……ムニュ・デギュスタシオンより、 ケンシンさんのコースの方が人気やった。 まき乃さんかて、俺よりキャリアも腕もある」  遠也の声は震えていた。 「遠也、二人に腕があんのは確かだよ。 それでも、俺はお前をシェフにしたいと思った。 先月、お客さんがお前に向けた拍手、覚えてるでしょ。 経営してるのは俺だけど、 お客さんにとって、ル・シエルはお前の店なんだ」  聞き取れるギリギリの声、僕はドアの向こうに聞こえないように、裏口のドアへ近づいた。最後に遠也の声が所々漏れ聞こえた。 「……俺の店ちゃう。あんたの店でもない。 ……のための店やん。 俺は、早く、……の本当のシェフになりたいんです」 「……お前は、ちゃんとこの店のシェフだよ。 だから、まず体大事にしろ。 とにかく今日は帰れ。嫌だっつっても店から閉め出すからな」  逃げるように裏口のドアを閉めた、外の冷たい空気を吸って、ゆっくり吐く。  吐く息が震えていた。  閑がフランスから消えたあの日で止まっているのは、僕だけだ。  彼にとって今大切なのは、この店とシェフだ。  僕の未練がましさが、閑にあんな行動をとらせてしまうなら、そのたびにまた僕の閑への想いが募るなら、もう、離れたほうがいい。  この店を軌道に乗せて、新しいスタッフを育てたら、僕はこの店を辞めよう。  僕ももう、新しい人生を歩こう。  ――サービスは、僕の一生の仕事だ。  それに出会えたのも、改めて気づいたのも、閑と出会ったからだ。  もうそれだけで十分じゃないか。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

264人が本棚に入れています
本棚に追加