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「……閑、立てないの?」  まき乃さんだった。 「あんたなら遠也の代理として格上でしょ?」  僕は思わず閑を見た。閑も、まき乃さんの言葉に目を瞠っていた。 「まき姉、俺に何年ブランクあると思ってんの」 「でもルセットは、ムニュ・デギュスタシオンできるくらいあるでしょ。 その出張料理の人か、うちの章太郎連れてきて、 アシスタントに入れよう。 閑と、あたしと、ケンシンと、そのもう一人で回せるはず。 閑にも働いてもらうことにはなるけど、これでぎりぎり、いけないかな」  できるわけない、言葉にする前に、ケンシンが口を開いた。 「別なシェフが立つって説明は必須だし、 キャンセル出るかもしれねぇけど、 今は遠也が戻るまで、店守らなきゃいけねーと思う」 「ブランクあるけど、 閑ならそのくらい補佐が入れば、大丈夫、かな……?」  彩音がそう重ねる。体がカタカタと震えた。  みんな、何を言っているんだ? 「こいつに、できるわけ無いだろ……!」  みんな、なんでこいつがオーナーをやっていると思っているんだ? なんでこいつが利き手に時計はめてると思ってるんだ? 「わかった」  閑の声だった。この場に不釣り合いなくらい、明るい声だった。  閑が立ち上がる。  ほっとした空気が広がる。  なんでだ? みんなまさか、知らないのか? お前がどうして料理をやめたか。  ――お前が、自分から料理を捨てる訳ないのに。 「……閑、お前まさか、言ってないのか?」  周りがいぶかしい顔で僕を見る。  閑が僕を見る目は、出会ったときと何も変わらず明るい。 「何が?」  そう言われた瞬間、閑の胸ぐらを掴んでいた。  こいつはいつも、大事なことは、何一つ言わないで、……どうして。
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