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「……利き手だろ、大事にしろ。 捻挫なら、待ってりゃ治るんだからさ」  気持ちを抑えて、明るい声を出した閑は、遠也の肩をポンポンと叩く。  この言葉は、僕にはきつかった。  彼の手は、待っても治らなかったのだ。  閑が遠也を休ませたのも、今こうして怒っているのも自分と同じ轍を遠也に踏ませないためだ。 「彩音さんに、 一回離れたら、そう簡単に戻って来られへん世界やって言われました」 「だから、焦んないで治して欲しいんだよ」  遠也が俯いて拳を握る。 「閑さんは、もう離れてる。 俺、閑さんにどんだけ才能あったんかは知りません。 でも、厨房もホールも、 このレベルのスタッフに、前の職場捨てさせる位の人やったんでしょ」  遠也が厨房にいるスタッフを見る。 「みんなあんたの昔の才能に目ぇ眩んでる。 あんたやったらできる思とんねん。少しサポート増やしただけで。 何年もやってへんのに。 俺にナイフ握らせた無いならそれでもええですけど、 ここにはおらせてください。絶対俺がおった方がええ」 「すごい自信だね」 「閑さんに育てられてますから」 「心強いねぇ」  パンと手を叩いて、閑がスタッフに声をかける。 「ショウさんのヘルプに、遠也も来て、フル装備って感じだね。 それでも、俺が臨時のシェフとして真ん中に立つにはギリギリだと思う。 ホールからの指示は、厳密に聞いていこう。よろしくお願いします」  誰ともなく、だが全員が、その言葉に返事をした。 「ウィ、シェフ!」  これから、ムニュ・デギュスタシオンのディナーが来る。
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