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ずっと、一緒に仕事をしてきたシェフが、厨房に立っているからだ。
そうか、僕はやっと、閑に追いついたのか。
厨房、ホール、お互いに同じトップという位置で、初めて、一緒に仕事をしている。
――そして、最後だ。
それが今ここで行われている。
嬉しいとも、悲しいとも言い切れない不思議な感情だった。
サーブを続け、指示を出し、皿を下げ、厨房に戻った時だった。
「ロティ、上がった」
完璧なタイミングで、閑が皿を置く。
「……! あぁ」
メインをテーブルに運ぶ。
肉にナイフを入れると湯気が立つ。デクパージュにテーブルのお客様から歓声が上がる。
周囲も、自分のテーブルに来るのが待ち遠しいように視線を向けていた。
期待に満ちた目、取り分けられた皿から一口食べて、お客様は互いに顔を見合わせた。
「おいしい……!」
「うっ…ま」
笑顔で「ありがとうございます」と言って下がる。
幾度も見てきたはずの光景に募るのはなぜかさみしさで、胸が苦しくなった。
幾たびにもわたるデクパージュ。
これが何とか、時間が重ならず、ミス無くできたのは、キャンセルなどでトータルの人数が減ったという運の部分も大きかった。
少しずつ、テーブルがデザートに移っていく。まだ、気は抜けない。
「おいしかった」
「ね。最初別なシェフなんだって思ったけど」
プティフールを食べるお客様たちの、食べるスピードがぐっと遅くなる。
ホールのうちに期待が満ちる。待っているからだ。
「……あの、シェフの方って、その、あいさつとか」
「少々お待ちください」
にっこりと笑って、厨房に言付ける。閑は頷くと、遠也の肩に軽く触れて何か指示をした。
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