#13

8/13
前へ
/132ページ
次へ
 どのくらいそうしていたかわからない。  だがいつまでも泣いている訳にもいかず、立ち上がって、厨房に人がいないのを確認して顔を洗った。  ハンカチで顔を拭くと、グラスを持った、閑以外のみんながどやどやと入ってくる。  酔ってご機嫌なまき乃さんが、グラスをシンクで洗い始める。 「隼人、章太郎がおんじゃく開けてくれるって。うちら打ち上げするけど」 「あ、そうだ。ショウさん、今日は本当にありがとうございました」  深く頭を下げると、「いいよ、いいよ」とのんびりした声が返ってくる。 「まきちゃんのかっこいいところ見れたから」 「あっ、閑が、あたしのことスーシェフって言ってたよね」 「……俺らみんな、まき乃さんのことはスーシェフやて思てますよ」  酔っているせいか、まき乃さんは「そっか!」の一言で流し、みんな着替えのためにバックヤードへ移動する。  去り際にもう一度まき乃さんに尋ねられた。 「隼人もおんじゃく来る?」 「……もう少し仕事あるんで、それが終わらないと」 「閑もそう言ってた。来られそうだったら連絡してね」 「はい」  ショウさんが、酔ったまき乃さんを支えているが、小柄なまき乃さんはなんだか捕獲されているように見える。  しばらくすると、店は静かになった。  僕は厨房の電気を消すと、事務室の前に行った。  ためらってから、ノックはせずにドアを開ける。  コックコートを脱いで、ワイシャツにスラックス姿の閑が、椅子にぐったりと腰掛けていた。僕を見てへらっと笑う。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

264人が本棚に入れています
本棚に追加