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どのくらいそうしていたかわからない。
だがいつまでも泣いている訳にもいかず、立ち上がって、厨房に人がいないのを確認して顔を洗った。
ハンカチで顔を拭くと、グラスを持った、閑以外のみんながどやどやと入ってくる。
酔ってご機嫌なまき乃さんが、グラスをシンクで洗い始める。
「隼人、章太郎がおんじゃく開けてくれるって。うちら打ち上げするけど」
「あ、そうだ。ショウさん、今日は本当にありがとうございました」
深く頭を下げると、「いいよ、いいよ」とのんびりした声が返ってくる。
「まきちゃんのかっこいいところ見れたから」
「あっ、閑が、あたしのことスーシェフって言ってたよね」
「……俺らみんな、まき乃さんのことはスーシェフやて思てますよ」
酔っているせいか、まき乃さんは「そっか!」の一言で流し、みんな着替えのためにバックヤードへ移動する。
去り際にもう一度まき乃さんに尋ねられた。
「隼人もおんじゃく来る?」
「……もう少し仕事あるんで、それが終わらないと」
「閑もそう言ってた。来られそうだったら連絡してね」
「はい」
ショウさんが、酔ったまき乃さんを支えているが、小柄なまき乃さんはなんだか捕獲されているように見える。
しばらくすると、店は静かになった。
僕は厨房の電気を消すと、事務室の前に行った。
ためらってから、ノックはせずにドアを開ける。
コックコートを脱いで、ワイシャツにスラックス姿の閑が、椅子にぐったりと腰掛けていた。僕を見てへらっと笑う。
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