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   *****  遠也の腕も治り、いつもの厨房が戻ってきた。  十二月になって、日に日に寒さは厳しくなっていくけれど、すっきりとした気持ちで仕事をしていた。 「予約してないんですが」  急にお店に現れたのは、吉澤様だった。席は空いていた。吉澤様は食事に集中したいお客様だと思い、奥まった席にお通しする。  前回のムニュ・デギュスタシオンでは、閑と口をきくこともなくすぐに帰られた。その後SNSで何かを言ったこともない。 「ワインではなく、スティルを」 「かしこまりました」  ガス無しのミネラルウォーターを注文したあとは、静かに一人でコースを食べ進めていた。  遅い時間からのディナーのお客様を通し、吉澤様のサーブを並行していく。  プティフールとコーヒーをサーブした時だった。 「……SNSの件は、すみませんでした」 「…………そのお言葉だけで、十分です」  テーブルの上に置かれた手が、握りしめられる。 「でも、やっぱり僕は、オーナーとしてのあいつが許せないんです」  彩音と目が合うと、彼女は頷いた。他のテーブルのサーブを代わるため、厨房へと歩いて行く。 「僕の家は事業をやってて、裕福だったんですよ」  吉澤様が訥々と話し出す。  最初にお会いしたときのような、芝居がかった口調ではなかった。
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