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食事を終え、皿を片付ける。
厨房はディナーの準備、ホールは掃除をしてディナーのテーブルセッティングなど、めいめい仕事に戻る。
ランチとディナーの間は時間が空いているようで、以外と忙しい。
テーブルセッティングを終え、バックヤードで一息つきがてら、ランチに来たお客様の顧客カードを記入する。
自分が忘れないようにするためと言うより、他のスタッフとの情報共有のためというのが大きい。
広いレストランではないが、一人で回すにはギリギリなので、彩音にも料理のサーブをしてもらっているし、閑も電話対応や、手が足りないときはお客様を席に案内したり、会計の明細を出したりと、営業中は全員がレストラン内で立ち働いている。
お客様に関する情報共有は必須だった。
彩音がバックヤードに来て、「閑は?」と尋ねる。
「事務室じゃない?」
書き込みをしながらそう答えた。
バックヤードの中にある小さな個室が事務室で、閑は大体そこでパソコンに向かって、日々の売り上げの計算やWebからの予約の対応など、そんなに得意ではないだろう事務仕事に明け暮れている。
「今日のディナー、予約入ったよ。男性一名」
スマホを見せるように持ち上げ、彩音が弾んだ声を出す。僕もお客様が増えたことに少しほっとした。
まかないの時に言っていた人だろうかと思い、僕は顔を上げる。
「野本様?」
「えっ、なんでわかんの? 名前言ってないよね」
驚いた様子の彩音が不思議で僕の方が首をかしげた。
「プレオープンに来た彩音のお客様で、男性一人ってことは、野本威(のもとたけし)様じゃないの?
三十五歳くらいで、眼鏡かけててシックでおしゃれな方だろ?」
「全員覚えてんの?」
「覚えてるっていうか、必要な時に思い出せるっていうか……。
アレルギーやNG食材なかったよね」
顧客カードをめくって確認する。
アレルギーなどのとくに注意すべき情報は書かれていなかったが、彩音の筆跡で「ワインに詳しい」と書かれていた。
「……やばいなー、私もそういうのちゃんと覚えないとだめなのか」
「覚えては欲しいけど、そのための顧客カードだし。そんな焦らなくても」
彩音の前職はレストランではなくワインバーだ。求められていたサービスがレストランとは少し違う部分もあるのだろう。
「閑に予約増えたの伝えてくる」
「厨房には僕が言うよ」
予約時間などを確認して立ち上がる。
バックヤードには裏口と、ホールへのドアと、厨房に直接つながるドアがある。
そこから厨房へ入ると、皆仕込みの最中だった。
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