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ありがたいことに、開店前にもう一組予約が入った。彩音の知人の野本様の来店には、まだ少し時間がある。
最初に予約していた女性二名のお客様は、二十代後半の友人同士といった風情で、開店前に予約を入れたもう一組は、五十代ほどの男性と、美しい三十前後の女性の二人で、カップルではなく同伴出勤だろうと思われた。
それぞれの会話が気にならないように、少し離れたテーブルに案内する。
このレストランでは、ランチもディナーもコースしか提供していない。
閑のこだわりがあるのかもしれないが、注文されるかわからないアラカルトの材料を仕入れて無駄にするのを避けるためでもあると思う。
その分、コースの価格は良心的だ。
今日のコースの説明をした後、彩音がお客様にワインを勧める。
男性客は、同伴した女性への見栄もあるのだろう、ワインリストにない、高額なワインがあるかを尋ねた。彩音は一瞬だけ困った顔をしたが、すぐに笑顔で「ご用意させていただきます」と頷いた。
彩音からワインリストを受け取って代わりに片付けるそぶりで、声を落とし尋ねた。
「大丈夫?」
「セラーにはある。けど、合わせにくい」
彩音は料理とワインが「合わない」と言うことが少ない。
「グラスの形と、温度変えてなんとか今日のコースに合う味に持って行く」
グラスの形は、ワインの味の感じ方に影響を当てるものらしい。
グラスにブルゴーニュ型、ボルドー型、細身のシャンパングラスがあるのは、やはりその形がそれぞれのおいしさを引き出すからだ。
酸化や温度は更にわかりやすくワインの味を変える。
彩音は合いにくいワインを、その味の変化を使って合わせるつもりだ。
「わかった。サーブはできるだけ僕がやるから、ワインの方に集中して」
「ありがと」
「ただ、もし無理なら言って。シェフにソースの変更頼む」
彩音は緊張した顔で頷いた。それだけはしたくないのだろう。
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