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「ワインはペアリングもございますが」 「ソムリエの方と一度相談させてもらってもいいですか」 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」  男女二人の席で、相当苦心したであろうワインを注いでいた彩音に目配せし、ワインリストを持った彼女と入れ替わる。  厨房に予約客が来たことを伝え、別なテーブルの前菜を運び、野本様のテーブルのそばを通った時だった。 「君が言ったワインも悪くないと思うんだけど、俺、向こうのテーブルの女の子たちと同じワインがいいな。 あれってペアリング?」  女性二人が注文したのは、彩音が合うと言っていたワインだ。  そして、野本様の質問からすると、彩音は、自分が合うと思っていたワインでも、ペアリングでもないものを勧めたということになる。  なぜ、と思うが、今は目の前の仕事に集中しなくてはならない。  コースの流れが止まらないよう、そして客同士の会話の邪魔にならないよう料理を運ぶ。  男女二人のテーブルでは特に影のように振る舞う。  こちらの男性のお客様にとって、一番重要なのは、酒でも料理でもなく、この女性と過ごす時間そのものだ。  料理を楽しんでほしいと欲を掻くのはこちらの自己満足にしかならない。二人で過ごす時間を邪魔されたと感じて、却って料理の評価を低く感じてしまうこともある。  こちらからお客様に何かを強制することは決して出来ない。  それでも女性客二人が、魚料理を食べて「おいしい」とため息をつき、「写真撮るの忘れて食べちゃった」と笑い合ったとき、なんだか嬉しくなった。  料理やサービスの仕事には、ある種の力があると僕には思えるのだ。  人を熱中させ、楽しませる力が。  僕の修業時代のシェフは、それを体現するような人だった。
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