#2

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 テーブル三つに目を配りながら、厨房へ行く。  野本様のアミューズ・ブーシュがまだ出ていない。別なテーブルの口直しもだ。 「アミューズまだ? 三番テーブルのソルベも出てないよ!」  遠也は真剣な顔で盛り付けをしていて、こちらの呼びかけには答えない。  まき乃さんの声が響いた。 「ごめん隼人! アミューズの盛り付け時間かかってる! あたし今ヴィヤンドやってて、ソルベのヘルプに入れない!」  時間のかかる肉料理の鍋についたまき乃さんが代わりに答えても、遠也はまだこちらを見もしない。 「おい、遠也!」  答えない遠也にしびれを切らしてもう一度声をかけると、遠也はふぅっと息をついてようやく皿をこちらに渡す。 「できました」 「遅い! すぐソルベ出せ!」  それだけ言って皿を運ぶ。急いで届けたいが、メートルが焦っている姿を見せるわけにもいかない。  満席でもないのに、うまく噛み合っていない。  これはまずいかもしれない。  提供に遅れは出ていないが、何か、食べる側と作る側のリズムが合っていない。  そこを合わせて、つないでいくのが僕の仕事のはずだ。  今のコースは盛り付けや作りに手間のかかる皿が多い。それ自体は悪いことのはずがないが、厨房の人数では間に合わないレベルのものを作ってしまっているのではないか。  手間をかけすぎて間に合わないのであれば本末転倒だ。  もっと早く気づいていれば、もっと色々と考えておけば、ぐるぐると巡る思いを一旦は追いやって、目の前の仕事に集中する。  今は考えるよりも対処をしなくてはいけない。  魚料理、口直し、肉料理。僕からすればかなりギリギリで、綱を渡っているような気分だった。  遠也の盛り付けは閑やまき乃さんの指導もあってか、かなりよくなった。  今まではシンプル過ぎて実際のおいしさが目から伝わりにくく、期待値が下がってしまいがちだったのだ。今は遠也の作る料理の味に合った美しい皿が出来上がっている。  しかし、これはさすがに凝り過ぎではないかと思う。  肉料理の付け合わせには細かな飾り切りを施し、ソースも2種類を、どの皿でも寸分違わぬように盛り付けてある。  肉料理担当などの部門シェフがいないこの店でここまでやることが、本当にお客様のためになっているだろうか。  デザートの頃には少し持ち直した感覚があった。  サイコロ状に切った二色のメロンのアヴァン・デセール。  そしてチーズケーキの中にザクロのソースが入っていて、ナイフを入れると赤いソースがたっぷりあふれてくるフォンダンフロマージュ。  凍らせたソースを真ん中に入れて焼く、手間のかかるデザートだが、さすがにケンシンの方が場慣れしている。  たった三組のお客様の食事をなんとか終えた。  がむしゃらにやって間に合ったような充実感ではなく、歪みをなんとか綴じ合わせるような仕事は、体に重い疲労感を残した。
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