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吉澤様はオーナーの知り合いで、元々はブログで色々な店の評論をしていた方だが、現在は雑誌のコラムや、ウェブ上での連載をいくつも抱えているそうだ。
「いいじゃん、昔のよしみでさ。今大活躍だよな。本見たよ書店で。
『吉澤勇希が教える本当のグルメ』? 教えてよー、うちの店も世間に教えてよー」
冗談っぽく笑うオーナーへの返事は軽い舌打ちだった。
「昔っからその人を小馬鹿にした態度が嫌いなんだよ。
それにアミューズ二品じゃまだ判断できない」
吉澤様はまた一口テリーヌを口に運ぶ。オーナーはそれを待つようにガスウォーターを一口飲んだ。
「いや俺もね? オーナーとは言え方々からお金借りてる身だから早く利益出したいんだよ。設備も色々いれちゃったし」
店の宣伝を迫るオーナーに、渋る吉澤様だったが、カトラリーを扱う手は止まらず、どんどんと食べ進めていく。
次の前菜は夏が旬の岩牡蠣に熱したオイルベースのソースをかけたものだ。これは冷たい牡蠣とソースの温度差が重要なので、給仕にもかなり気を遣う。
前菜の次はスープだ。黄金色のコンソメだが、少し工夫がしてある。
「なんか、フレッシュな味がするような……」
「やっぱり吉澤呼んでよかったわー。それダブルスープなんだ。ラーメンとかであるじゃん」
このスープはコンソメに、生の野菜から抽出した水分を加え、火が入りすぎないように温めて作ったものだ。
計量も時間も厳密で、手間はかかるが温かなスープに生野菜の爽やかな風味が加わり、夏らしさのある仕上がりで、オーナーも高く評価している。
魚料理は伊勢海老のテルミドール。クラシックな王道料理だが、これも少し工夫がしてある。
「……なるほど、半生なんだ」
「うん、回転寿司の炙り系のメニューってうまいから。
あとは結局のところ鮮度のいいものを生で食うのが好きでしょ日本人は」
「それに合わせて、ソース軽くしてるんだ?
この料理だけじゃなく、全体的に、食べた感じが軽いよね。
満足感がないっていう意味じゃなくて」
オーナーがかすかに笑んだ。
元々少し口角の上がった、機嫌の良さそうな顔をしているので、彼の表情の変化はわかりにくい。
吉澤様のこの言葉は、彼の狙いと近かったらしい。
だが、彼の目にはまだ挑むような色が合った。
この評価では、まだ足りない。まだ、満足していない。
次は口直しの氷菓。これは一番やっかいなメニューだ。スイカのグラニテにジンを少量合わせてあるのだが、サーブの時に岩塩をミルで挽く。つまり、僕の仕事が増えるのだ。
メニューを決めたとき、オーナーに愚痴を零したら「お前なら出来るでしょ」と一蹴された。
軽々と言うが、いくつものテーブルで、全く同じペースで食事が進むわけではない。ましてやこのコースには数秒の遅れが味に直接影響する前菜もあるのだ。
席数が多くないとはいえ、全てのテーブルの食事の進みを見ながら、適切なタイミングを厨房に伝え、最高の時を逃さないように席へと運ぶ。
それを、過信でもなく責任を負わせるためでもなく、ただ淡々と「お前なら出来るでしょ」と。
お客様の視界を邪魔しない長いミルで背後から岩塩を挽く。
向かい側のオーナーと目が合うと、彼はにやりと笑った。「ほら、出来ただろ」と言わんばかりに。
腹が立つ。
それを顔には出さず、ミルを片付け厨房へ向かう。
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