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   *****  ぐったりとしたまま閉店後に彩音とホールの掃除を終え、水を飲もうと厨房のドアを開けようとしたところで、大きな音がした。  驚きのあまり固まってしまい、わずかなドアの隙間から、彼らをのぞき見るような格好になってしまう。  ケンシンが、遠也の胸ぐらをつかんでいた。  聞こえた大きな音は、ボウルを取り落としたのだろう。  まだ、くわんくわんと、転がる音が響いていた。 「遠也、いくら調理中だろうが、メートルとか他の奴らから声かけられたら答えろ。経験浅かろうが、お前がシェフでトップだろうが。それだけは絶対にやれ」 「集中しとって……」 「いいか、客に出す料理作ってんだよ。 料理が完成したらそれで終わりじゃねぇ。完成した料理を客が食べてやっと俺たちの仕事が出来上がるんだ。 喰うためのもの作ってんだよ。 飾り立ててる間に冷めたり、待ちくたびれて客が喰う気なくしたら意味ねぇのわかんだろ。 メートルはこっちから見えない客席見て指示出してんだ。二度と無視はすんな。次やったら殺すぞ」 「……だって、他に出来ることないやないですか」  長身のケンシンを、遠也が見上げる。 「クォリティ上げるくらいしか、出来んでしょ、俺には。 それだけでお客がついてくるような名前があるシェフでもないし、そもそも東京出てきてまだ三年やし、呼べるような知り合いもおらんし、出来ることなんて、こんくらいしか……」  僕の胸に苦い思いが広がる。  遠也も、店の現状をなんとかしたい思いがあったのだ。 「……だとしても、見た目のクォリティ上げて、味下げてたら意味ねーだろ?」  遠也の言葉を聞いて、ケンシンの声から怒りが抜けた。今度は説くように遠也に言い、胸元をつかんでいた手を離す。 「……はい、すんませんでした」 「次はやんなよ」  うつむいた遠也を見て、僕は厨房の中に入っていけなくて、ドアをそっと閉めて引き返した。
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