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 掃除を終えたらすぐ、眼鏡を外して派手めな私服に着替えて帰る彩音が、制服のまま椅子に腰掛け、クロスを取り去ったテーブルの上に突っ伏していた。 「彩音?」 「…………絶対、儲け重視のソムリエって思われた」  不安そうな声だった。 「野本様に、一番合うと思ってたワイン、勧めなかったの?」 「……ちょっとだけ、ワインの方が重いけど、でも、私が勧めたワインだと、香りの相性はすごく良くて、華やかな感じになるし」  僕は彩音の肩にそっと手を置いた。 「彩音の勧めるワイン疑ったことないよ。厨房もホールも全員」  肩に触れた手をすぐに離す。  女性の肩にそもそも触れてはいけないとも思ったが、どうしても単純に、性別など関係なく彼女を元気づけたかった。そのまま、彼女のそばに立つ。  確かに、彼女はお客様が望んだワインを無理に変えたりはしない。  でもそれは、彼女が温度やグラスを変えて苦心して、料理とワイン、双方を楽しんでもらうことを諦めないからだ。  料理とワインを合わせるために心を砕く姿を見ている。  だから、彼女が自分から野本様に勧めたワインが悪かったとは、僕は決して思わない。 「……ありがと」  それでも彩音がうなだれているのは、自信を持って勧められなかったと思っているからだろう。  彼女がなぜ、ペアリングでもおすすめでもないワインを提案したのか、わかる気がした。  価格が一定のコースのみのこの店で、お客様が唯一選ぶのがワイン、そしてそれをこちらから客に勧められる唯一の立場がソムリエなのだ。  彼女は、今の人が来ない現状を憂えて、せめて利益を上げようとしたのではないか。  昔いた大きなレストランでは、その日のおすすめ料理を提案したり、アラカルトの構成を手伝うのも僕の仕事だった。  裁量が減ったことに、僕は甘えていなかったか。  その分もっとやるべきだったことを、出来ていなかったのではないか。  彩音がこんな風に悩む前に、ケンシンと遠也がああなる前に、ホールの責任者として出来ることがあったのではないかと思えて、悔しかった。
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